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大騒ぎ
「フォル⁉︎」
聞き慣れたロイさんの呼びかけに、僕はヒヒンと返事をした。馬丁の朝は早い。まだ朝露を感じる時間だというのに、いつも通りのロイさんは僕を見るなり駆け寄って来た。
僕は何だか気まずくて、その場で足踏みしていたんだけど、ロイさんの涙の滲む優しい目を見て、思わずうるうるしてしまった。
『ごめんね。心配かけて。僕も何が何やらなんだよ…。』
相変わらず気持ちの良い手つきで、僕を撫でるロイさんは只々良かったとしかいえない様で、僕はロイさんに促されるまま柵の中へと誘導されていった。
柵の中では仲間たちがニヤニヤしながら、甘ったれだとか、揶揄って来たけれど実際僕はまだ馬としては若いんだから、いいじゃんね?
僕が帰還した話は、直ぐに広まったようで僕を見に来る騎士たちが今日は多かった。もちろん僕のご主人様もお昼休みに急いでやって来たんだけど…。
「フォル!よく帰って来たな。まったくどこに居たんだ?心配したんだぞ。」
そう言いながら僕を優しく撫でてくれた。けれども明らかに元気がない。ああ、きっと僕の部屋の置き手紙を読んだに違いない…。
僕はウィルを慰めたくて、その優しい手に顔を擦り付けた。僕にはあれ以上の事は書けなかったんだ。ハッキリしたことが分からない限り、僕に言えることなど何もなかった。
それとも僕は正直に言うべきだったろうか。僕はフォルで、馬になったり、人間に戻ったりしますって?正直言って、僕は自信がなかった。
僕とウィルは、あっという間に燃える様な恋をした。けれど、僕が馬人間である事も、異世界からの転生だと言う事も乗り越えられる様な絆が、愛がそこにあるかどうか自信がなかった。
気持ち悪いと思われて、胡乱な眼差しを向けられたら、僕は永遠に癒えない心の傷を受けて逃げ出すしかないんだ。でも、そのリスクを取るより、僕は馬になってもウィルの側に居たかった。
ごめんね。そう心の中で謝りながら、僕は離れていくウィルを見つめた。側に来た同期のビッツが僕に話しかけて来た。
「なぁ、お前人間の時、あいつと仲良くしてたんだろ?大丈夫なのか?」
いつも僕から一定距離をとっているビッツが、僕を心配してるのがちょっと嬉しくって、僕はウィルの残像を振り切る様に、ビッツを突っついて言った。
「…ちょっと走ろう。よーいドン!」
後ろから、あ、狡いとか慌てた声がしたけれど、僕は馬生活を再び始める覚悟を胸に、勢いよく走り出したんだ。
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