ウィリアムsideハルマの失踪

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ウィリアムsideハルマの失踪

昼休み、いつもの様に資金部に顔を出した私を、皆が一斉に見つめた時、私が感じたのは嫌な予感だった。顔見知りの若い事務員が私に尋ねた。 「あの、今日ハルマは具合でも悪いんでしょうか。どうして仕事に来てないんですか?」 それは、これからの混乱を告げる始まりだった。私はハルの官舎の部屋へ急いだ。最近のハルは何だか気もそぞろで、いつも何か考え込んでいる様だった。 そうかと思えば妙に甘えてきたり…。一昨日などは平日にも関わらず、翌日に響きそうな熱い情熱を見せて、私は嬉しいやら戸惑うやらで違和感を感じたほどだった。 汗ばんだ身体で私に絡みつきながら、ふと目覚めたハルは、部屋を照らす月を嫌そうに見つめると、不意に立ち上がって私に首飾りを預けた。 その時ハルの話してくれた月に帰る姫の話は、何だかゾッとしてしまって、私はハルを腕の中に閉じ込めて置きたくなった。 部屋の前にたどりついた私は、合鍵で部屋に入った。妙にガランと感じられるその部屋は、スッキリと片付いていた。そして机の上に置かれた1通の手紙。 中には2枚の上質な紙が入っていた。綺麗なハルの文字で資金部のリーダー宛に一枚仮封をされていた。もう一枚には私宛のものがやはり仮封されていた。 私は自分宛の糊をそっと剥がした。もう、騎士団にハルが居ないのが明らかな気がして、私は怖ごわ手紙を読んだ。そこには、黙って出立してしまった事を詫びる言葉が綴られていた。 故郷から連絡が来て急遽帰ることになった事。用が済めば必ず帰る事。そして、私を愛していると言うその言葉。私はその時になって、ハルの故郷が何処なのか聞いていなかった事に気がついた。 北の方だとは言っていたけれど、具体的な場所は言わなかったんだ。 私たちは沢山の話をするよりも、肌を重ねて愛し合う事に忙しくて、私はハルのことをほとんど何も知らない事に気がついた。あの黒い瞳に魅入られると、私は我を忘れてしまい、ハルの身体に溶け合いたくて我慢が出来なかった。 それほどまでに私たちは激しい恋をしていた。お互いが誰であるかなど、全く些細なことで、大事なのは側に居て、触れ合って、微笑み合う事だったのだ。 私は手紙を握りしめて、ハルはもしかしたら月に帰るかもと言って、悲しそうに微笑んだあの表情を思い返していた。ああ、あの時既にハルは考えていたんだ。 私に手紙ひとつでここを離れる事を。ハルは帰ってくるだろうか。それにハルは本当に故郷に戻ったのだろうか。私はなぜかハルが月に戻ったという方がしっくりくる気がした。 そんな事は手紙にひとつも書いていないのに、どこかで確信めいた気持ちになっていたのは自分でも不思議な話だった。ああ、ハル。故郷でも、月でも良いから必ず私の元に戻ってきてくれ。
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