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たてがみの行方
僕はロイさんから人参を貰いながら、話をしていた。と言ってもロイさんの独り言に僕が頭を振ったり、ブヒヒンって合いの手を打つだけだけどね…。
「フォル、お前が居なくなった時にウィリアムさんは随分凹んで居たんだ。まぁ、散々探してもお前は見つからなかったからな。お前の足跡が消えた泉で会ったという青年の世話で、随分気が逸れたみたいだった。
そう言えばハルマは最近こっちに来ないな。どうしたんだろう。あんなに馬が好きでしょっちゅう顔を見せてたのになぁ。それにしてもお前は何処に居たんだ?
このたてがみが見たこともない様に切られているし。この国では馬のたてがみは編み込んだり飾り立てはするが、こんな風に綺麗に切り揃えたりはしないんだ。
お前にはよく似合っているがな。ははは。」
そう言ってロイさんはブラッシングして鬣を整えてくれた。確かにぱっつんと揃った鬣は、珍しいかもしれない。僕は内心、何も考えずに髪を切ってしまった事に焦っていた。
僕って本当考えなしだな。あの夜、橙色の満月の下、ザワザワして人間から馬に変幻したのは間違いないんだけど。
何だか馬になると人間生活のことをじっくり考えられなくなるって言うか。多分思考も馬に引っ張られるんだろうな…。ああ、人参食べたい…。
僕がそんな事を考えていると、訓練の時間になった様で、騎士達が馬を連れに来てくれた。僕たちは馬丁や、騎士達に鞍やハミを装着されながら準備した。
ウィルに撫でられて心持ちうっとりしていた僕は、ウィルの何気ない言葉にギクリと身体を強張らせた。
「…お前は、ほんと何処に居たんだろう。この立髪。何だか…。」
それっきりウィルは考え込んだ様子で、黙り込んでしまった。僕はブルルと急かす様に顔を振ってウィルの注意を向けた。ウィルはにっこり笑って言った。
「ヨシヨシ。お前の瞳が、ハルを思い出させたせいで、馬鹿みたいな事を考えてしまったよ。本当に。…あり得ない。」
そう言って、僕の顔をじっと見つめるので、僕はドギマギとして、視線を避けた。
「ウィル、そろそろ行かないと!よぉ、フォル、元気か?」
そう言って自分の馬を引いてきたケインが、僕たちに話しかけてきた。ウィルはハッとしたように、ケインに頷くと僕の手綱を引いて訓練用の馬場まで連れ出した。
でもそれ以来、僕を見つめるウィルの眼差しが怖くなった理由が僕には分からなかった。僕は直ぐに仲間と走り回る事で、その時のことを忘れてしまっていたからね。
ああ、僕って馬脳だ。本能に引っ張られちゃって、大事な事を覚えてられないんだよ!
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