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平穏な毎日の終焉
僕は恐ろしい考えに囚われて、すっかりその事しか考えられなくなった。サイは真っ直ぐ怒り狂って僕を追って来た。中が人間では無い筈だ。…多分。
死骸だって、あのモンスターのままだった。うん。アレはサイ人間じゃない…よね。僕は考え過ぎて、多分殆ど歩みを止めそうだったに違いない。ウィルが僕に声を掛けてきた。
「フォル?どうした。」
僕はハッとして、ブヒヒンとひと鳴きして気を取り直して皆の後を追いかけた。ケインの言っていた要素S。僕は半分こちらの馬で、半分はあちらの世界の人間。やばいな…。僕、要素Sを持っていそう。
研究室に連れて行かれて調べられたら、僕は魔物よりタチの悪い、未確認物体のレアキャラになってしまう。絶対バレない様にしなくちゃ!
僕は少し憂鬱な気分で、賑やかな仲間と一緒に王都へ戻った。しかし僕が憂鬱に思っていたのはほんの数日だった。
単調な馬の毎日は、ある意味心を平穏に整える効果があるみたいで、僕は何をあんなに悩んでいたのかと馬鹿馬鹿しく感じるくらいだった。
美味しい草を食べて、何なら僕は牧草のソムリエにもなれそうな勢いで味わっていた。江戸時代の飛脚が肉食生活をした途端に、走れなくなったという逸話は、案外その通りなのではと僕は肉けの無い今の生活を、人参を食べながら考えていた。
それくらい、僕の馬生活はのんびりしたものだった。ウィルもいつも沢山撫でてくれるし、時にはキスもしてくれて、僕はちょっぴりくすぐったい気持ちになった。
けれど、そんな僕の単調な生活は直ぐに終わりを迎えた。騎士団内部が慌ただしい空気に染まっていくのに、勘のいい僕たちが気づかない訳が無かった。
不穏な空気は僕たちを落ち着かなくさせて、僕たちは仲間たちと顔を突き合わせてヒソヒソと話し合った。そして流石のリーダーは情報を持っていた。
「お前達は若いから知らないだろうけど、俺が新馬の頃、先輩馬が話してくれたことがある。この国は隣国とあまり仲が良くなくて、先輩馬は国境付近の戦闘に駆り出されて実際戦ったそうだ。
仲間が数頭やられたって言ってた。もし、今この騎士団を騒つかせているのが、その時の様に戦闘のせいなら、俺たちも覚悟した方がいいかもしれないぜ。」
僕たちは、誰もピクリとも動かないで、群れのリーダーを見つめていた。僕は内心ドキドキと心臓が速くなっていた。戦闘⁉︎それって、僕が馬として戦争するって事だよね?
僕は平凡でのんびりした毎日が、足元から崩れ落ちてしまった様な気がして、やっぱり不安そうな顔のビッツと顔を寄せ合って、毛繕いをし合った。こうでもしないと、不安で堪らなかったんだ。
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