敵の砦にて

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敵の砦にて

僕は敵に手綱を取られて、自分の砦から引き剥がされて見知らぬ土地へと連れて行かれている。心の中で落ち着けと呟きながら、僕は周囲をこっそりと伺った。 あまり馬らしくない行動をすると怪しまれてしまう。騎士の乗っていない馬を確保しただけ…だと思う。そんな事を考えていると、敵の陣に到着した。 僕は敵の国については全然情報が無かったけれど、見た感じ人種とかが違うわけでもない様だ。陸続きだから隣国と言ってもそこまで文化も違わないのかもしれない。 とは言っても、僕の人間生活は月の満ち欠けワンシーズンだけだし、騎士団の官舎での生活しかしていないから、比べるほどの経験値がない事に気がついた。 でもこの短い期間に、僕の経験値はバラエティがあり過ぎじゃないだろうか。馬になって、魔物退治して、怪物に襲われて。そして人間になって、仕事して、ウィルと恋人になって初めてのイチャイチャまでしてしまった。 そして今度は敵の捕虜馬…。僕は小さくため息をつくと、何とかしてここからウィルの待つ味方の砦に戻れないかと、馬らしさを全面に出しながら周囲を観察した。 「ほら、お前はこっちだ。」 そう言われて馬丁に手綱を引き渡した敵の騎士は、少し浅黒い肌の鋭い眼差しの男だった。年齢は不詳だけど、30歳にはなっていないだろう。 「アーサー様、この馬はどうしたんです?だいぶ脚に怪我してますけど。敵の馬ですよね、この紋章。」 馬丁の質問に、アーサーと呼ばれた騎士はニヤリと笑って言った。 「こいつは中々どうして、馬にしておくのは惜しい頭の良い奴だ。我が軍にあっても役に立ってくれるだろう。怪我の治療もしておいてくれ。」 そう言って僕をじっと見つめるとニヤッと笑って、立ち去って行った。僕はあの騎士の視線が無くなった事にホッと息を吐くと、周囲の馬たちの好奇の視線を受けながら馬丁と馬場へと向かった。 「よしよし。ああ、お前の脚は酷いな。今楽にしてやるからな。」 ここが敵地であっても、馬丁たちの僕らに対する態度は変わらない。僕は目の前の優しい眼差しの馬丁に大人しく撫でられた。馬丁はしばらく僕の身体をチェックししていたけれど、綺麗な真水でざっと僕を綺麗にすると、水を飲ませてくれた。 ああ、水美味い。あんなに走ったんだ。そりゃあ、喉も乾くよ。僕が機嫌良く水を飲んでいると、馬丁が僕の脚に薬を塗りつけながら言った。 「少し染みるかもしれないが、我慢しろよ?幸い、縫うほどには切れてない。全くこんなに多くの傷を受けるとは、どんな状況だったんだ?お前は隣国の馬だろ?」 そう言ってぶつぶつと言いながら治療を終えると、厩舎へと僕をつれていった。さぁ、敵地の馬から情報をもぎ取らなければ!
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