脱出を考える

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脱出を考える

仕方がない事だとはいえ、毎日のように戦闘で怪我をして戻ってくる馬が居るのは、見てるのが辛かった。僕はアーサーが出陣させないと言った通り、馬場で待機組だ。 毎日全員が駆り出されるわけじゃないけれど、それでも僕だけのうのうと食っちゃ寝しているのは気が引けた。それにウィルは大丈夫だろうか…。ああ、早く帰らなくっちゃ! でも僕はただ漠然と時を過ごしていた訳でもない。僕はスパイさながら、この敵の砦からどうやって抜け出すかいつも考えていた。 実際、月はどんどん円形に近づいていて、僕が人間になるかもしれない時はもう直ぐだ。勿論変身しない事も有るかも…。僕にはまるで分からないから、予想だ。あくまで。 多分馬として抜け出すのは難しそうだ。柵も厳重に管理されているし。ただ、人間として抜け出すのは、見た目もそうだが、なんと言っても服の調達が必須だった。 ただ僕は厩舎の側の馬丁の宿舎の庭先にいつも洗濯物が干してあるのを発見していた。あれを拝借することが出来れば良いんだけど…。サイズはこの際目を瞑ろう。馬丁見習いの少年が数人いるので、彼らの服が干されてたらラッキーだな。 僕は服問題は解決したと見て、あとはその後どうするかのシュミレーションを思い浮かべた。問題はこの顔と目立つ黒い色素だ。取り敢えず帽子を深めにかぶって抜け出そう。 こんな雑な作戦で上手くいくかは全然自信がなかった。…それに、もし味方陣営に戻ったとしてもアレだ。敵陣から戻ってきた僕はスパイに間違われるんじゃないかな。 何かこっちの手土産を持って行った方が良いのかも。潜入してたとかなんとかで、誤魔化せるかもしれない。俺は自分の中でどんどん話が大きくなっていくのを感じた。 それでも僕自身が馬になったり、人間になったりする方がもっとヤバいって事はよく分かっていたんだ。僕は大きくため息をつくと、今夜の月を見上げた。 最近の思考の冴え方といい、なんとなくゾクゾクする感じといい、あの月の満ち方といい、明日には満月を迎える気がする。側に近づいてきたピッツが寝ぼけた声で僕に話しかけてきた。 『…なぁ、クロ。寝ないのか?』 僕はピッツの方を振り返ると、ここで仲良くしてくれたこいつと戦場で会わないことを強く願って言った。 『あのさ、僕もう直ぐ月に帰るかもしれないんだけど、置き土産は何がいい?人参?』 ピッツのキョトンとした顔を見て、僕はケラケラと笑ったんだ。
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