満月の決行

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満月の決行

ふう、やば。僕はまだ動悸が収まらない身体で、馬丁の洗濯物の中からマシそうな小さめの服や靴を選び取ると、手早く着込んだ。帽子は見つからなかったがしょうがない。 まだ馬から人間への変幻のせいで、身体の感覚がおかしい。距離感が掴めなくて、僕は多分手早くしてるつもりでも、もたもたしていたに違いない。 それでもこの夜中にうろついている人間はほとんど居なくて、僕はそっと裏に回って積み上げた箱の中から人参を一箱抱えた。 今の僕にそんな余裕があるかは疑問だったけれど、仲良くしてくれたピッツにお礼をしたかった。僕は周囲を伺いながら屋根下の柵のそばまでやってきた。 ピッツには変幻する前に今夜はずっと柵の側にいて欲しいこと、見知らぬ人間が近寄ってきても驚かないでと伝えてあった。約束通りピッツは数頭と柵のそばで、こちらを見つめていた。 僕は皆を驚かせない様に人参を見せながら、声を掛けた。 『ピッツ、約束通り待っててくれたんだね?』 そう話す僕を、ピッツはビクビクと耳をしきりに動かして警戒しながら見つめた。 『ほら、僕が月に帰るって言ってただろ?だから置き土産を持ってきたんだ。』 ピッツは驚いた顔で僕をまじまじと見つめて言った。 『…クロ?本当に?でも人間じゃん!』 まぁ、本当にその通りなんだけどね。僕は色々事情があると説明して、ピッツを撫でながら人参を食べさせた。ピッツは僕の手の匂いを嗅ぎながら、何かぶつぶつ言っていた。 『僕、これからここを抜け出して元の場所に戻らなきゃいけないんだ。もう会えないかもしれないけど、ここでお別れだ。』 ピッツは僕をじっと見つめて言った。 『…なぁ、お前がクロだってのは分かったよ。お前あっちに戻りたいのか?その身体で?そんな近くないだろ?…俺をここから出してくれたら、近くまで連れていってやるよ。…お前はひ弱そうだしな。』 僕はピッツの首に抱きついて、ありがとうと顔にキスした。何だか足踏みしてるピッツを横目に、僕は柵の入り口をそっと開いた。流石に砦に馬泥棒はないと油断してるのか、鍵などは掛かっていなかったんだ。 開いた柵からピッツだけ出てもらうと、もう一度柵を閉めた。そして僕は野次馬たちにさよならを言って、柵に掛けてあった鞍を背中に載せると、柵によじ登ってピッツに飛び乗った。 遠くの方でロッキーが騒いでいたけれど、僕は大きく手を振ってピッツと砦を脱出したんだ。
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