ドキドキの隠れんぼ

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ドキドキの隠れんぼ

僕が潜んでいる辺りを何度も踵を返しながら、アーサーはうろついている。僕はピクリとも動くことが出来なくて文字通り息を殺していた。僕の黒髪が闇に馴染んで見つかりにくいのは幸いだった。 こうなったら、アーサーとの我慢比べの様な気がしたんだ。アーサーはさっきより森に近づいて、探る様にこちらへ近づいてきた。やはり僕の気配を察知してるんだろうか? 僕の心臓はドキドキと破裂しそうで、子供の頃のあのワクワクドキドキする隠れんぼとは正反対の、ドキドキハァハァの命を賭けた隠れんぼだったんだ。ふと、アーサーの乗った馬が立ち止まって耳をそば立てた。 と、同時に僕の人間よりも効く嗅覚が仕事をした。これは…!僕はアーサーが直ぐそこに居たけれど、咄嗟に迷いなく木の後ろから飛び出して走り出した。 アーサーの驚愕して目を見開いた顔が見えて、同時に僕とばっちり目が合った。アーサーが手綱を引いて僕の方へと馬を向けようとした瞬間、僕とアーサーの間に飛び出たのは魔物の触手だった。 あの吐き気を催す嫌な匂いは魔物のそれだった。僕は魔物にとって喰われるくらいなら、アーサーの前に躍り出る方を選んだんだ。 「くそっ!」 アーサーの罵声と剣を振って風を切る音が同時に聞こえて、僕は触手とアーサーから脱兎の如く逃げ出した。目指すは味方の砦の門だ。アーサーから鋭い笛の音が響いて、敵の砦からも間髪をいれずに笛の音が呼応した。 まだ、アーサーは触手と戦っていたけれど、応援を呼んだみたいだ。ここから敵の砦はそう遠く無い。僕があの目の前の砦の門へ辿り着くのと、敵に囚われるのと勝負は五分五分だろう。 僕は人間には戻ったけれど、馬の余力を感じた。そう、今の僕は潜在的にはかつて無いほどめちゃくちゃ脚が速い。脇目も振らずひたすら走る僕の耳が、後ろから追ってくる馬の蹄音を拾い出した。 そして僕の目の前の味方の砦に人々の気配が感じられた。数人が騒めきながらこちらを見ている。必死で走って逃げる僕と、追ってくる馬に乗った騎士たちを見てる筈だ。 この黒い髪を見て僕がハルマだと誰かが気づいてくれたなら!そんなことを願っていた僕の耳が聞いたのは幻聴だったのか、それとも誰かが叫んだのか、「ハル…」と確かに僕の名前が聞こえた気がした。 でもその時は、もう手遅れだった。僕の足はもつれて、もんどり打って地面にしたたかに打ち転がった。そして薄れる意識の中で、馬の脚が近づいて来て、誰かが降りて僕の身体を捕まえようと大きな手を伸ばしてくるのを見た。 ああ、ウィル、ごめんなさい。もう二度と会えないかもしれない…。
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