12人が本棚に入れています
本棚に追加
翌春ろく
外は眩しいような青空だった。
作品の搬入日に合わせ、鎌崎を始めとしたギャラリーの職員数名と火霜から遣わされた和泉が手伝いにきていた。
入り口のガラス窓に貼られたポスター。桜水の初個展『夜をいくつ越えて』
「一旦休憩にしない?」
早朝から優夜の次に動いていた鎌崎が提案する。それを待っていたかのように賛同する声が上がった。時間はちょうど昼食時だ。
「次の搬入、何時?」
「十四時」
「じゃあそれまで昼休憩で」
鎌崎の言葉に各々散っていく。
「優夜、パスタ食べに行きましょうよ」
「これ片したらすぐ行く。先行って席取ってて」
「俺やりますよ」
和泉が優夜の持っていた段ボールを持とうとするが、首を振られた。
「和泉には、次来る重いやつ持ってもらうから休憩行って」
「それは嬉しくない予告ですね。じゃあ失礼します」
「うん」
貸画廊から人が出ていき、中はしんと静かになった。
段ボールをまとめて紐で縛る。優夜は先に飾られたいくつかの絵画をぼんやり見ていた。
「すみませーん」
搬入口から声が聞こえ、顔を上げる。時計はまだ十四時よりずっと前だが、もう来たのだろうか。優夜はそちらへ周った。
扉を開けると、大きい花があった。
「お届け物です」
「花って……気が早いな」
火霜か、と予想しながら優夜は声を漏らす。
注文したサイズを間違えたのではないか、と思う程には大きい。
「どれよりも綺麗で大きい花、です」
花を置いて、配達してくれた人物が受け取り票を差し出す。
ぽかんとそれを見上げる優夜の姿があった。驚きすぎて、声も上げられない。
「大きいので、場所を考えてもらわないと、と思って」
「……朝臣。身長、また伸びてない?」
変わらぬ端正な顔。高校生の頃あった少しの幼さが完全に抜けていた。
「まだ伸びてます」
「一生成長期か」
漸く優夜は笑い、受け取り票にサインをした。
「優夜さん、個展おめでとうございます」
「ありがとう。それにしても本当に大きいな。絵画以上に目立ちそう」
「その想像はしてませんでした、すみません」
「なんか謝られるのも癪だ……」
「どうしたら良いんですか」
困ったように笑って朝臣は上着のポケットに伝票を入れる。
今も伸びているという身長を見上げ、優夜はその肩へ手を伸ばし、背骨辺りを押して抱き寄せる。それに沿うように朝臣は優夜の肩口に額を乗せた。
「まさか本当に来るとは」
「……約束したので」
朝臣からは、土と日向の匂いがした。
とんとん、とその背中を叩き、離れる。
「あ、鎌崎はパスタ食べに出てる」
「俺も配達残ってて」
「じゃあ感動の鎌崎との再会は次回だな」
はい、と返事をして、朝臣はトラックへと戻る。車の扉を閉めた。
「朝臣」
名前を呼べば、こちらを見る。優夜は左手を上げた。
「行ってらっしゃい」
その言葉は、行って、帰ってくるという意味を持つ。朝臣はしっかり頷いて、返す。
「行ってきます」
夜を越えて END.
最初のコメントを投稿しよう!