翌春に

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翌春に

 卒業式を終えて、クラスの打ち上げでカラオケへ行った。幹事を任されていたらしい白木が二次会への案内をしている。 「白木って人纏めるの上手いよな」 「お、染川がそんなこと言うの珍しい」  隣にいた高梨が珍しいものを見るかのように朝臣の方を向く。 「高梨は誠実だと思ってる」 「急に何だ、明日死ぬのか」 「伝えておこうと思って。明日には死なねーけど」 「嫌でもまた四月から同じ大学じゃん。昼飯一緒に食おうぜ」  肩を竦めて高梨は言った。三人で受けた大学は学部学科はばらけているが、三人とも合格してそこへ進学が決まった。白木も漏れず、四月から顔を見られる。  思えば最初に高梨が声をかけてくれたのも「一緒に飯食おうぜ」だったなと思い出す。 「うん、よろしく」 「にしても、白木結局告白されなかったよな」 「そこ聞こえてるからな!」 「あのマネージャー、彼氏居たらしいぞ」 「か……かわいそうに」 「染川に本気で憐れまれてる」  ケラケラと笑う高梨に飛びつく白木。同じように二人が朝臣に雪崩込み、三人で笑った。  マンションの方の家に帰ると、卒業式を見る為に戻ってきていた母がリビングに顔を出す。何かと振り向いた。 「そういえばさっき、お爺ちゃんのところに行ったら鎌崎さんが居たよ」 「え、何しに?」 「ほら、書類とか書きに。あと蜂永さんの引っ越し、無事終えたって」  がたん、と足をテーブルの脚にぶつける。脛を押さえながら朝臣は鞄から鍵を持った。 「すごい音したけど、大丈夫?」 「うん。ちょっと爺ちゃん家行ってくる」 「遅くならないように」  はい、と返事をして朝臣は家を出た。  外はすっかり暗くなっている。帰ろうと雅史の家を出たところで、足音が聞こえてそちらを見た。鎌崎は走って来た理由に思い当たり、罪悪感を覚える。 「どうした」  雅史はきょとんとしてその姿を見る。朝臣は息を整えながら辺りを見回した。 「鎌崎さん、一人ですか?」 「うん。ごめんね、見たら分かると思うんだけど」  膨らんだ期待が萎む。 「蜂永さんは寝込んでるらしいぞ」 「え……?」 「珍しく熱出してね」 「大丈夫なんですか」  五年は風邪も引いていない、丈夫だと冬に話したのを思い出していた。鎌崎はひらひらと手を振る。 「多分、緊張が解けて出てるやつだから。そういえば朝臣くん、卒業したんでしょう? おめでとう」 「ありがとうございます。爺ちゃん、俺送ってくる」 「ああ、二人とも気を付けて帰りな」 「はい、お世話になりました」 「たまには遊びに来なさい。蜂永さんも」  はーい、と鎌崎が明るく返答した。  朝臣と鎌崎は駅の方へと歩き始める。ヒールのコツコツという小気味良い音が夜道に響いた。どこからか、入浴剤の香りと、焼き魚の匂いがする。 「あたしでも送ってくれるの、優しいわねえ」 「ヒールで暴漢には立ち向かえませんよ」  鎌崎が微笑む。 「優夜、大賞取ったよ」  その言葉に顔を上げ、朝臣は口を開いた。 「おめでとうございます」 「自分で言ってあげて。賞取ったらここに来るって言ってたから」 「え、そうなんですか」 「うん。あと、朝臣くん」 「はい」 「優夜に告白したの?」  駅へ続く大通りに入り、灯りが増える。すれ違うサラリーマンたちも送別会なのだろうか、涙している男性がいた。 「返事は延期されました」 「それも聞いたわ。でも、すごい悩んで自棄酒してたから。あんなに優夜の心に波を立てられるの、朝臣くんと絵くらいよ」  絵と良い勝負とは。思えば、今寝込んでいる理由も絵だ。  鎌崎は鞄を肩にかけ直し、前を見る。 「狡い答えよね。未来に話そう、なんて」  今は答えを出さない、なんて。  朝臣はあの時、それを狡いと思った。 「告白する前に、いつか忘れるって言われました。俺も優夜さんも、一緒にいた日々を忘れるって」 「残酷で冷徹ねえ」 「なんか、それがすごい、ムカついて」  どの感情よりもやはり怒りに近かった。それを思い出して、朝臣は胸の奥がざわつく。  鎌崎は関心しながら聞いていた。朝臣もムカつくようなことがあるのだと。年相応な箇所もあることに少し安堵する。 「気付いたら()ってました。その答えを、俺の為に言ったんだっていうのは、わかるんですけど」 「まあね、これから大学で良い出会いがあるかもしれないし」 「出会っても変わりません」 「変わっても良いよっていう、優夜の優しさなのよ。朝臣くんはこれから沢山の選択をして生きていく。そのうえで、優夜を選ぶ、選ばないかもしれない」  その余地を残した。今の朝臣には理解出来なくても、きっといつかそれを実感する時が来るだろう。  だから考える。立ち止まる。悩む。そしてまた、歩き出す。 「でもそれって、優夜さんも変わるかもしれないってことですよね」  吐き出された声に、鎌崎は隣を見た。歳相応の高校生が不安そうな顔をしている。  自分の変化よりも他人の変化の方が怖いのだ。 「確かに約束をぺろっと忘れちゃう薄情者だけど」 「薄情者……」 「でも約束は必ず果たしてくれる。もっと優夜を信じてあげて」  鎌崎の一蹴した言葉にどきりとさせられる。朝臣は小さく頷いた。駅はすぐそこで、二人の歩む速度は落ちる。 「ところで、一つ絶対に訊いときたいなと思ってたことがあるんだけど」 「……何ですか?」  卒業式で告白されたかどうか、か。前に鎌崎が朝臣の恋愛エピソードを訊いてテンションが上がっていたのを思い出す。  それに構えていると、鎌崎は考えるように腕を組んで朝臣を見た。 「優夜のどこが好きなの?」 「え」  形容し難い複雑な表情。優夜も朝臣同様、そこまで他人の機微に敏感ではない。朝臣のこれが照れた表情だとは想像もついていないだろう。  若しくは、朝臣がきちんと隠せていたか。  鎌崎は優夜が好きだ。それは優夜が最初の味方であり、言葉を尽くさずともそのままを受け入れてくれたから。そして忌憚のない意見を他人にぶつけ、自分に厳しいから。  最初に同じクラスになった頃に抱いた憧れは、今も心にある。  同じく優夜を好む人間として、純粋に鎌崎はそれが気になっていた。  口調は少し変わっているが色白で可愛いところ? それとも花が好きなところ? 美しい絵を描けるところ?  頭の中で高校生が考えそうな箇所を頭に並べた。  やがて、朝臣が顔を上げる。 「美味しそうに食べるところ、ですかね」  その答えに、やはり鎌崎は改札前でケラケラと爆笑した。朝臣はその笑い声にきょとんとする。 「変ですか」 「ううん……朝臣くんらしいなって」  はあ、と笑いを落ち着かせながら鎌崎は胸を押さえた。 「絶対、二年ぶりの優夜の作品、見てほしい。朝臣くんには」 「一般人にも公開されるんですか?」 「授賞式が配信であるんだけど……」  あ、と鎌崎が思いついたように宙を見上げる。それに朝臣は首を傾げた。
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