翌春ろく

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翌春ろく

 外は眩しいような青空だった。  作品の搬入日に合わせ、鎌崎を始めとしたギャラリーの職員数名と火霜から遣わされた和泉が手伝いにきていた。  入り口のガラス窓に貼られたポスター。桜水の初個展『夜をいくつ越えて』 「一旦休憩にしない?」  早朝から優夜の次に動いていた鎌崎が提案する。それを待っていたかのように賛同する声が上がった。時間はちょうど昼食時だ。 「次の搬入、何時?」 「十四時」 「じゃあそれまで昼休憩で」  鎌崎の言葉に各々散っていく。 「優夜、パスタ食べに行きましょうよ」 「これ片したらすぐ行く。先行って席取ってて」 「俺やりますよ」  和泉が優夜の持っていた段ボールを持とうとするが、首を振られた。 「和泉には、次来る重いやつ持ってもらうから休憩行って」 「それは嬉しくない予告ですね。じゃあ失礼します」 「うん」  貸画廊から人が出ていき、中はしんと静かになった。  段ボールをまとめて紐で縛る。優夜は先に飾られたいくつかの絵画をぼんやり見ていた。 「すみませーん」  搬入口から声が聞こえ、顔を上げる。時計はまだ十四時よりずっと前だが、もう来たのだろうか。優夜はそちらへ周った。  扉を開けると、大きい花があった。 「お届け物です」 「花って……気が早いな」  火霜か、と予想しながら優夜は声を漏らす。  注文したサイズを間違えたのではないか、と思う程には大きい。 「どれよりも綺麗で大きい花、です」  花を置いて、配達してくれた人物が受け取り票を差し出す。  ぽかんとそれを見上げる優夜の姿があった。驚きすぎて、声も上げられない。 「大きいので、場所を考えてもらわないと、と思って」 「……朝臣。身長、また伸びてない?」  変わらぬ端正な顔。高校生の頃あった少しの幼さが完全に抜けていた。 「まだ伸びてます」 「一生成長期か」  漸く優夜は笑い、受け取り票にサインをした。 「優夜さん、個展おめでとうございます」 「ありがとう。それにしても本当に大きいな。絵画以上に目立ちそう」 「その想像はしてませんでした、すみません」 「なんか謝られるのも癪だ……」 「どうしたら良いんですか」  困ったように笑って朝臣は上着のポケットに伝票を入れる。  今も伸びているという身長を見上げ、優夜はその肩へ手を伸ばし、背骨辺りを押して抱き寄せる。それに沿うように朝臣は優夜の肩口に額を乗せた。 「まさか本当に来るとは」 「……約束したので」  朝臣からは、土と日向の匂いがした。  とんとん、とその背中を叩き、離れる。 「あ、鎌崎はパスタ食べに出てる」 「俺も配達残ってて」 「じゃあ感動の鎌崎との再会は次回だな」  はい、と返事をして、朝臣はトラックへと戻る。車の扉を閉めた。 「朝臣」  名前を呼べば、こちらを見る。優夜は左手を上げた。 「行ってらっしゃい」  その言葉は、行って、帰ってくるという意味を持つ。朝臣はしっかり頷いて、返す。 「行ってきます」  夜を越えて END.
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