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分裂
「フロントと3列目が分裂してるって言ってる、みんな」
「言ってるね、みんな」
「でもさ、こうして、私と臼井は普通に話してる。これ、分裂してない」
私は川平のためにペットボトルのソーダを一本開けた。
袋菓子を夜に開けてしまったのなら、ジュースは与えられない。
二つのコップにソーダを注ぐと、私は一つを川平の前に出した。
「ありがと」
「カロリーは気にしないとね」
「うん」
「フロントメンバーと一緒にいると気は遣うよ、私達。でも、それは忖度なのかな、って思うことがある」
「私にも?このソーダも?」
「川平には気は使わないよ。ソーダは太りたくないだけ、私だって」
「だよね」
「でも、その忖度が3列目メンバーの中でストレスになっちゃって」
「だから、3人は三木をいびったのか?」
「三木は普段からいじられ役ではあった。でもいつもはいじめって言うほどひどくない。3人は三木のセンター抜擢が面白くなかったんじゃないかな」
「ああ」
三木かすみは藤高の失踪で空いた穴を埋めるべく、今回の東京ドーム公演、3列目から自己推薦で一曲、センターに立つことが決まっていたのだった。三木は何事にも積極的な子だった。しかし、3人はそれを面白く思わなかったのかもしれない。
「つまらんことだわあ」
「つまらんことだね」
「何、足引っ張ってんだよってさ。3列目もフロントを蹴落とすぐらいの勢いがさ、ホントは必要なんだ。三木は正しい」
「それはフロントに立ってるから言えるんだよ。勇気がいる」
「臼井は」
「何?」
「臼井はもっと出てきていいって、私は思ってる。あのダンススキルをなんでほっておくのかって、いつも思ってる。それに臼井は美しい」
「いやいやいやいや。私なんて。美しいって何?」
「美しいもん」
「全然でしょ。だめだよ、ダンスも顔も」
「それがダメなんだって」
「でも」
「今回の東京ドームは、藤高の穴、はじめ自己推薦で手を上げてもらったね。それで三木が立候補した」
「うん」
「なんで臼井は手を上げなかったの?」
「なんでったって」
「私は心の中で、こい!こい!臼井こい!って思ってた。チャンスだった」
「・・・」
「馬鹿」
「ああ。馬鹿って言う?」
「だって」
「馬鹿って言われた」
「ごめん。言い直す。馬鹿みたい」
「同じだよ」
川平はソーダを一気飲みすると、げぼっとげっぷを吐いた。
「勉強する」と言って川平が自室に戻ると、私は窓際に立ってカーテンを開けた。雨はすっかり止んでいる。上から水滴がぽたりぽたり。
馬鹿と言われた。確かに馬鹿かもしれなかった。
でも。
私も避雷針になりたいと思った時には、もう雷は去っていた。
「きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!」
その時、甲高い笑い声が突然、夜空に響いたのだ。
ギボランタイムだ。
これは、私の真下の部屋にいる宜保蘭が、窓を開け放してテレビを観ているのだった。宜保蘭は22歳だが、なぜか部屋を自分で借りず、このマンションに一緒に住んでいる。
「きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!ちがうちがう!ブラジャーはそこじゃない!」
一体何を観ているんだろう。
「きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!パンツまで!パンツまで!きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっ!」
<第2話 避雷針 了>
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