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9月に入ったがまだ暑い。 暑いけれど、部屋にこもりっぱなしじゃくさくさする。 遊びに行きてえ。 って昨日ラインしたら「行きたい行きたい、一緒に行こう」ってかわいい奴。 で、私は、朝もはよから電車に乗って「欅並木叙景」メンバーの寮に迎えに上がったわけで。 セキュリティーのかかった寮の前、あいつがいねえもんだから、ジーパンのケツポケットからスマホ出して電話すると「あ。ごめん。今起きたあ」ってお前なあ。 吉祥寺の駅から歩いてちょっと。 閑静な住宅街の中にある、こじんまりした三階建てのワンルームマンション。 グループはここを一棟まるまる借りて10代のメンバーの寮にしている。 今はこんなとこに住んでんだな。 私がここに来るのは初めてなのだった。 私が寮に入ってたのは、1年前まで。その頃の寮はここじゃなかった。藤高んとこで若い男が自殺未遂してからメンバーまるごとここに越したのだ。 ふうん。 なんてマンションの周りを物色。不審者みたいだ。 って、あれ、何? 駐車場の横の植え込みの前、なんだか人体らしきもののが、うつ伏せで倒れている。私の背筋に悪寒が走った。死体だ。 どうしよう。 自慢ではないが、私は今まで死体と向き合ったことがない。 怖いの嫌い。どうしよう。 と思っていたら、脚にあたる部分が横に少し動いた。 生きてる。 救助だ。救急車だ。 でも、どっちも初めてだ。初めて尽くしだ。 私は、恐る恐るそれに駆け寄った。 と、突然ぐりんと回るその首。やめて、こっち向かないで。 「きゃあ」 やだよ、かわいい声が出ちまったよ。 でも、こっちを向いて私を見る目はお前、ギボランじゃねえか。 私と同じ「欅並木叙景」の3列目メンバー、宜保蘭。 「あ。高貝」 って甲高い声。「あ。高貝」じゃねえ。 よくよく見るまでもなく、倒れた人体はいつもの臙脂のジャージを着ている。もっと早く気付くべきだった。動揺していた。 ギボラン、うつ伏せになったままこっちを向いて、動く気はないらしい。私はギボランのそばにしゃがんだ。 「何してんだよ。ギボラン」 「え?」 「心臓止まるかと思ったぜ」 「高貝。リーブルヴィル」 「は?」 「リーブルヴィル」 なんだ? 「リーブルヴィル」 「なんだよ」 「都市の名前」 あれか、同じ国の別の都市を答える挨拶。でも、どこだよ、国。 「ガボンの首都だよ」 「わかるかよ。そんなの。ガボンってどこだよ」 「蟻」 蟻? 「蟻観てた」 「なんだなんだ?小学生か」 「え?」 「もういいや。あ。そうだ。動画見たぜ。すごい再生回数だな」 「あ」 「めっちゃくちゃかっこよかった。ギボラン、最高」 「え?」 ははは。いつも思うが、こいつは一体何者なんだ。 「ごめーん」 と、長い髪に赤いリボンを付けた箱崎音呼が、ひらひらスカートをひらめかせながら私の方に走ってきた。
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