タクシー

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タクシー

春の夕焼けがいつの間にか闇に入れ替わろうとしている。 ありふれた畑の中の国道をタクシーは走っていた。 喉が渇いたと訴えると、今はタクシーの運転手をしている松下は車を国道沿いのコンビニに停め、私のために水を買いに行ってくれた。 私はその間に後部座席から助手席に場所を移った。 ついでに、黒のサングラスとマスクを取ると、私はひっ詰めていた髪を解いた。東京を脱出したのだ。千葉県に入った。 私は、体が少しだけ弛緩するのを感じた。 「あ。サングラス取った。江藤茉奈だ。前に移ったんだ」 「うん。ダメ?」 戻ってきた松下は、水を助手席の私に渡すと運転席に座り、いちごミルクのペットボトルをボトルホルダーに収めた。 「ダメじゃないよ。俺、江藤茉奈を隣に乗せるんだな、って実感。オタクの逆鱗に触れそう」 私は、返す言葉が見つからず黙っていた。 「水で良かったよね。水がいいって言ってた」 「うん。水がいい。少なくともいちごミルクじゃない。喉が余計乾いちゃう」 「ははは」 松下はペットボトルをフォルダーから取るとキャップを開け、ごくごくと勢いよくいちごミルクを飲み始めた。カロリー計算しないで飲み食いできる松下がうらやましい。 「そう言えば高校の頃、いくら食べても太らないって言ってたよね、松下」 「うん。そう。俺、太らねえんだ。今もだよ」 「いいな。私もそうやって、ごくごくいちごミルク飲みたい」 「好きに飲めるんじゃねえの?江藤だって。もう」 「え?」 「6時半だ」 「・・・」 「開演だよ」 「・・・」 「ホントにいいんだよな」 「うん」 6時半。 東京ドーム単独公演の開演時間だ。 私は、その公演に出演するアイドルグループ「欅並木叙景」の19人いるメンバーの一人なのだった。 「今戻ればまだ終演には間に合うけど」 「いい。実家に向かって」 私はペットボトルのキャップを開け、水を飲んだ。 ホントはこんな時、酒に酔えればよかったのかもしれない。
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