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I'm Out
「俺はアイドルなんて全く興味なかった。「欅並木叙景」を観るようになったきっかけは、江藤がメンバーだって知ったからだけどな、勿論」
「うん」
「でも、すぐに他のメンバーに目が行くようになった。こいつらすごい、何?こいつらって」
「そっか」
「いつも真剣で、全力で楽曲を表現しようとしてる。激しい。かっこいい」
「そうだね」
「でもさ」
「はい」
「お前はそん中で何してんだよ」
「私だってやってるよ。ちゃんと」
「やってるよ、ちゃんと、って、さ」
「ダメなの?」
「確かにお前の踊りは、やってます、ちゃんと、って踊りだな」
「ダメ?」
「江藤さ、アイドルになりたくてオーディション受けたんだよな」
そうだっけ?
そうじゃなかった、私の場合。
短大を卒業してそのまま就職するのが嫌で、もう少しモラトリアムを味わっていたいなって思ってて、たまたま見つけたオーディションに応募して、そうしたらなぜか最後まで残ってしまって。
そうだ。その時も、やっぱり、私は何かから逃げてた。
「「欅並木」のメンバーはみんな好きだけどな。だから俺は、箱推し」
「・・・」
「でも、江藤だけは。はい。着いたよ、家」
知らぬ間にタクシーは私の家の前に停まっていたのだった。
そこは、どぶ川の流れる外灯もない真っ暗な道。
「どうすんだよ。家にも連絡いってるぜ。絶対」
「・・・」
「なあ」
「松下。ラブホ。行こう」
「あ?」
「欅並木の江藤茉奈とエッチできるよ」
シートベルトを外すと私は身を乗り出し、覆いかぶさるようにして松下の唇を自分の唇でふさいだ。
そして、松下の手を私の胸に導く。
暗闇の中の松下の目が見開いている。
その時だった。
3発連射された強い閃光。
すぐ近くに停まっていた車からだ。
フラッシュだ。
車は、エンジンをかけるとそのまま猛スピードで遠ざかって行く。
「なんだよ、今の」
「週刊誌。きっと」
「撮られた?」
「多分」
私は松下の目を見た。
「ねえ。私と結婚して」
「あのなあ」
「欅並木の江藤茉奈と結婚できるんだよ」
「まだ高く売れると思ってるのかもしれないけどな」
「・・・」
「お前だけは、俺には無理だ」
I’m Out
<第1話 I'm Out 了>
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