避雷針

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避雷針

強い光が、遠い空に閃いた。 来る。 いち、に、さん。 どがらごん!! 夜8時。 激しく降り始めた雨を、私は3階の部屋のカーテンの隙間からベランダ越しに見ていた。 そこに落ちる雷。 私は、窓際を離れパソコンデスクに座った。 デスクには開いたままのノートパソコン。 「破滅の東京ドーム」の太い文字がそこに浮かび上がっている。 これは、2週間前の「欅並木叙景」東京ドーム公演の内容を詳細に記述したファンのブログだ。 あれだけやらかし、怒号が混じる中で終えた東京ドーム公演。 「欅並木叙景」は、あの場所でライブを行った者たちの中、きっと史上最悪のアーティストだった。それは、断言できる。 東京ドーム 臼井詩穂 私は自分の名前を入力し、検索をかけた。 しかし、これと言ってひっかかる記事は一つもない。 私は安全地帯にいた。それがいつもの私だった。 まるで避雷針に守られているようだ。 稲光は、私以外のそこかしこに落ちているというのに。 ぴーん チャイムが鳴った。この変な間を開けた鳴らし方は。 ぽーん このチャイムの鳴らし方は、川平らら。 私と同じ17歳で高校3年生。 センターの藤高あい子の両脇を固める、この川平ららと、もう一人の名雪鞠は、私と同じ高校に通う同級生でもある。仲がいい。 彼女たちと私が一つ違うのは、彼女たちがフロントメンバーで、私が3列目っていうこと。 私達10代のメンバーは、会社がマンションごと借りているワンルームに住んでいるのだった。少し前、センターの藤高あい子の部屋でファンの若い男が自殺未遂をしてから、住んでいるメンバー丸ごと、セキュリティがしっかりしているここに引っ越しをした。 川平ららも名雪鞠もここにいる。あ、10代じゃないメンバーもそう言えば一人いる。 がちゃりと鍵を開けると、果たして小さな川平ららが、教科書、ノートと袋菓子を二つ持って立っていた。川平の部屋は同じ3階だ。 「臼井。デリー」 「ええと。む、ムンバイ」 変な挨拶。今、グループの中で流行ってる。 「雷怖くて。いいかな、少し」 「うん。いいけどさ」 「なに?」 「川平。豆腐よう、持ってきてないよね」 豆腐ようは、沖縄の発酵食品。とても臭い。 沖縄出身の川平がこないだこの部屋に持ち込んで閉口したのだ。 「持ってきてないよ、もう。それより明日テストだよねえ」 「あ。忘れてた。数学の小テスト」 「ちとわかんないとこある。教えて」 そんな。私だってわかんないのに。
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