コンロ上の別れ

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 私は悶えていた。  あつい、とにかくあつい。体が悲鳴を上げ、地面はじりじりと焼けるように熱を発する。おかげでじっとしていられず、何度も飛び跳ねてはそのあつさを誤魔化そうとしている。  見渡す限り無の場所で、私はひたすらあつさに苦しんでいた。どうにかして冷やさなければ。水を探すもここにはやはり何もない。いや、揺らぐ蜃気楼の向こうに、何か液体のようなものがある。オアシスかそれにしては少し色がおかしいな。大丈夫だろうか。一抹の不安は熱とともに弾け飛び、私はその黄色いオアシスめがけて転がるように走った。  水、ではない。何だこれは、纏わりつくぞ。飛び込んだ先のそれはオアシスどころか釜茹でのようで、体を覆った液体は、更に私を熱らせる。違う、私が求めているのは冷たさだ。あつくなってどうする。液体から這い出ながら、私は天を仰ぎ見た。神よ、私をこの灼熱地獄から救い給え、と。  すると願いが通じたのか、空から一粒の白い玉が落ちてきた。雪だ。きっと私の声が天に届いたのだ。だが、雪にしては大きいな。霰、あるいは雹だろうか。この際なんでもいい。私の体を冷やしてくれるものならば。さぁ、もっと降れ。  そう唱えると、数えきれないほどの白い玉が空一面に降り注いできた。これでやっと、このあつさから解放され…待て、待て待て。あつい。なぜだ。雹でも霰でもないのか。白くて丸くてたくさん降っているのに、むしろ熱を帯びているではないか。話が違う、と白い玉を避けながら私は憤慨した。とめどないあつさのせいか、ところどころ体が日焼けしたように茶色くなってきている。限界は近い。  だんだんと動けなくなってきた。はじめの頃のように、あついからと飛び跳ねる気力も失われてしまった。  もう駄目かもしれない、と思ったその時、大きな音と共に四角い箱が頭上から落ちてきた。  何か、何かないだろうか。蓋を開けたら助けとなるような何かが中に入っていたりはしないだろうか。  わずかな希望を胸に、その四角に手を伸ばすも、開けられるような隙間も取っ手も見当たらず、叩いても振ってもうんともいわない。しかし、私は気づいた。その冷たさに。面という面すべてがひんやりと冷気に包まれている。  中身なんて詰まっていないただの四角い物体だが、中身なんてなくとも、その冷たさこそが私が欲していたものだ。  喜び勇んで、抱きしめるように涼を享受する。なんと心地良いことだろう。肌をこすりつけてその温度をたしかめる。焼けつくほどの熱が和らいでいく。  もっと熱がひくようにと、強く強く抱えこんだ。すると四角はだんだんと丸みを帯び、小さくなり、そして溶けてなくなっていってしまった。  呆気にとられた私は、空を抱いた。しかし、もうこの手にはあの四角はない。怒る気もおこらず、ただ悲しみに落ちた私は力なく仰向けに横たわった。  ふと、ぽたり、と滴が私を濡らす。涙かと思いぬぐうと、黒い色をしていたので、驚いて起き上がる。続けてぽたぽたと落ちてくるものだから空を見上げると、黒い水滴がいくつも滴り落ち、周囲を濡らしていた。天は私を見捨ててはいなかったのか。  神よ、感謝いたします、と思ったその時、大地が激しく揺れ、私の体は宙を舞った。  そうして、私は艶めく白い器に横たえられた。  否、盛り付けられた。 完
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