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9.鳳のひとりごと
出会いは最悪だった。
音無の作られた笑顔が気に食わなくて、必要以上に絡んでみたら以外にも向こうが食いついてきた。彼の実力と職場環境のアンバランスがもったいないな、と思ったが所詮契約がすめば付き合いはなくなるはずだった。
そしてゲイバーでの再会。気まずい空気が流れ、もうここに通うのはやめようとしていた、あの夜。『ファンタスティック・レマン』が全てを変えた。
体を重ねてみれば相性は抜群。
自分の愛撫に音無がだんだんと甘い声を上げていくのが堪らなかった。一夜限りの関係だけのはずが、その体に惹かれていた。だがそれは所詮体だけだったのに。
船釣りに行き、二人で通うようになってから自分の気持ちの変化に戸惑った。
体だけではなく、音無自身に惹かれていることを認識してしまった。それからは、音無をホテルに誘うことができなくなっていた。体だけの関係に嫌気がさし、こんな気持ちで体を重ねてしまったら、もう歯止めは効かない。だから、ホテルに誘えなかった。
それでも俺は音無に伝えたいと思った。今まで他人に自分の気持ちを知って欲しい、など思ったことはなかったのに。
あの時、プライドを投げ捨て、音無に気持ちをぶつけた。まるで高校生みたいな辿々しい言葉で。すると音無は応えてくれた。
「セフレとしての最後のセックスと、恋人としての最初のセックス、しよう」
まさかの言葉に俺は息を呑んだ。拒絶されると思っていたからだ。
音無は振り向いた時、少し潤んだ目をこちらに向けて微笑んでいた。
自分が感情を表に出す方ではないことは分かっている。そして音無も素直ではない性格ということも。それをお互い知った今、きっと俺たちは喧嘩をしながらもこの関係を続けていけるのだろう。
いつかこの話を伝えたらきっと紘也は真っ赤になって『よくそんな話できるな!』なんて茶化すだろう。そう言いながらきっと喜ぶはずだ。俺も少しロマンチスト思考になりつつあるのかもしれないな。
【了】
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