女神と妖精の格差

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女神と妖精の格差

 開演を告げるブザーから1分半。定位置にスタンバイ。スモークを焚いた足元が微かに白い。  期待。興奮。ざわめき。客席に満ちた熱気が、途切れぬ小波のように押し寄せて――。  天井いっぱいに設置されたスポットライトが一斉に点る。 「きゃああああ!!」 「可愛いぃー!!」  会場が割れんばかりの大歓声。ステージの向こうで人垣が跳ねる。 「ミューゼズぅー!!」  膝まで達するスモークを蹴散らしながら、繰り広げられる激しいダンス。仲間(メンバー)と交わすキラキラの笑顔。扇情的な旋律(メロディー)印象的(キャッチー)歌詞(フレーズ)。オーディエンスを鼓舞する、圧巻のステージパフォーマンス。  色とりどりのライトの中で歌って踊る、アイドルグループ「The Muses(ザ・ミューゼズ)」。衝撃の全国一斉オーディションを勝ち抜いた女の子9人組は、デビュー以来飛ぶ鳥を落とす勢いで、楽曲ダウンロード数、ツアー動員数、配信チャンネル登録者数……等々、次々に記録を塗り替えている。 「今年の『下克上』は、イケそうよ」  正面の鏡の中に、左右反転したマネージャーの仁美(ひとみ)さんが立っている。もう、こんな時間か。  タブレットをタップして、ミューゼズのライブ映像を停止する。今日はこれからU-Tubeで配信するeスポーツの人気番組の収録だ。半年前から、あたしはレギュラー出演している。 「もちろんじゃないですか。あたし、負けませんから」  鏡像の彼女に微笑んでみせる。ミューゼズには、下位グループ「Nymph’s factory(ニンフズ・ファクトリー)」、略して「ニンファク」がある。ここに所属する女の子達は45人。その内、表舞台に立てる――ミューゼズのライブでバックダンサーになれるのは、1/3だけ。ニンファクからミューゼズに昇格するには、まずファンによる人気年間ランキングで上位2人に入る必要がある。そして、年に一度開催される入れ替え戦、通称「下克上ライブ」でミューゼズの人気ランキング下位の2人とパフォーマンス対決をして、ファン投票で勝たなくちゃならない。昇格するも降格するも人気が全て。だから、日頃からの細やかなファンサービスと、パフォーマンス向上のための絶え間ない努力が求められるのだ。 「そうね、“あやミン”には届かなくても、“のあのあ”とはいい勝負だと思うわ」 「あと1ヶ月あれば、充分です。追い越して、置き去りにしちゃいます」 「気合い入ってるねぇ、ズッキーニ」  あたし――ズッキーニこと二木瑞希(にきみずき)は、先月の人気ランキングで2位だった。1位には少し水をあけられており、2位と3位は僅差、4位以下は大きく引き離しているので、「下克上」に進出するのは3人に絞られているとみていい。1位の真鍋彩海(まなべあやみ)こと“あやミン”は、今春からラジオ番組でお笑い芸人のアシスタントを務め、トークの才能が開花した。彼女を追い抜くのは難しい。となると、2位を死守するには、ライバルの吉柳乃愛(きりゅうのあ)を蹴落とすしかない。  どんなに頑張っても、ニンファクではミューゼズの後ろで、ろくに顔も露出せずに踊るモブが関の山だ。あたしは、一昨年の入れ替え戦でニンファクに落ちた。失意の中、若手の勢いに押され、昨年は入れ替え戦まであと一歩の3位で終わった。リベンジを誓ったあたしは、この1年間、歌もダンスもトークも基礎から叩き直し、努力を積み重ねてきた。こんなところで燻って堪るか。もう一度、這い上がってやる。ミューゼズの一員として、あのスポットライトを浴びるんだ……絶対に。
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