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転生しますか? それともリセット?
この小さなパン屋のちかくに、お城でもあるんだろうか。
お城っていっても、屋根の両サイドで魚が逆立ちしててお堀に鯉がうじゃうじゃ泳いでるような城じゃなくて、ドイツ南部のバイエルン州バイエルン・シュヴァーベン地方オストアルゴイ郡シュヴァンガウ町ホーエンシュヴァンガウ地区にあるようなお城。
そういうお城が近所にあって、そこから王子様が白馬に乗ってパンを買いにやってくるのではないかしら。
と、思ってしまうほど、王子はパン屋に現れるようになった。
もちろん毎日ってわけじゃないけど、少なくとも週に1回は来ている。だいたいいつも夜。閉店まぎわに駆け込んできたこともあった。時にヤクザを連れて。
……いや、ここで働くようになって半年だけど、今まで全然見かけなかったよね、見かけてたら印象に残るもんね。
もしや私にしか見えてないのでは、と疑ったりもしたけど、王子の接客時は伽羅の声が1オクターブ上がるから、どうやら実在はするらしい。
その日は、私は短縮遅番で、15時にお店に入った。ぶっちゃけこの時間帯はお客が少ない。カフェのほうも、だいたい空いている……と、ちらりとカフェに目を遣ったら、目玉がぽろりとこぼれ落ちてしまった。
王子が、カフェで、お寛ぎなさっている。いつものアビ・ア・ラ・フランセーズ(スーツともいう)ではなく、赤系のチェック柄のシャツをお召しになっている。
にこやかに微笑まれているその視線の先には──
え、店長?
王子と向かい合って座り、楽しげに揺れるその背中から、店長が頬を染めて(妄想)、王子に語りかけている様子が手に取るように伝わってくる。
ま さ か ?
王子が足しげく通ってくるのも、まさか、店長と、そういう……
あ、うん……店長、二人の中学生のお母さんだけど、若いときに生んでるから、まだ30代なかばだもんね……離婚してるから、事実上フリーなわけだし……こっ、こっ、恋だって、自由にしていい立場だし……。
ていうか。
店長と王子がそういう関係だったからって、なに動揺してんだ私。どうせ私には関係ないことじゃん。
そう思ったら、憑き物が取れたみたいに、肩が軽くなった。仕事しよう。お客さんいないけど。
──って、せっかく気持ちを切り替えたのに。
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