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「ちゅう子ちゃん!」
くるりと店長が振り向いた。なによ。カレシ自慢は、いまは聞きませんよ。
「ちょっとこっちいらっしゃいよ!」
だからノロケ話は聞きませんて。
……けど、お客さんがいないせいで、断る理由が見つからない。仕方なく、引き攣った笑みを顔面に張り付けて、重い足を叱咤しながら二人の座るテーブルに向かった。
「い、いらっしゃいませ……」
「こんにちは」
王子の笑顔が心に痛い。
別に、異性として好きってわけじゃないけど。
でもさ、あるよね、好きな有名人のさ、結婚報道とかでさ、ショック受けちゃったりするの。感じとしては、それに近い。すごく近い。でも所詮、手の届かない人なんだから、キズは深くないのだ。
「彼女ね、ちゅう子ちゃん。半年前から来てくれてるの」
ほら、と店長につつかれて、慌てて頭を下げる。
「すごく真面目だし、一生懸命なんだけどね」
俯いた視界の隅に、店長の呆れ顔を捉えてしまった。ああ、店長がっかりしてるよ、そんな顔見たくないよ。
「ちょーっと、口下手っていうか、無口っていうか」
王子の御前であるぞ、私のようなしがない町娘ごときが易々と口をきける相手ではなかろう!
「ちゅう子ちゃんっていうんだ?」
はっと我に返って顔を上げてしまった。
王子とバッチリ目が合った。
「いつも、悪いね、閉店ギリギリに来ちゃって」
「いっ……いえ………」
閉店ギリギリだろうが閉店後であろうが、来てくださるだけで光栄です──と、心の中でなら言えるのに。私のなかの何が、私の言葉にストップをかけるんだろう?
「もう、ちゅう子ちゃんてば。おとなしいを通り越してるよ!」
店長は、冗談のつもりでそう言ったのだろう。だけどその言葉は、私の胸の奥深くにずしりと突き刺さった。
うまくしゃべれない。
気の利いたことが言えない。
私は、ダメな人間だ。
「いいじゃない」
ふと、優しい声がふわりと私を包み込んだ。
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