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テーブルにどさりとバッグ(オシャレ)を置いて、私の横にぽすんと座った。爽やかで甘くて優しい香りが私の鼻をかすめた。
「あ、それ新しいマンガ?」
画面を隠すより先に見られてしまった。だが別に狼狽えることはない、私がぼっちで陰キャで「妄想とっ、マンガだけっがっと~もだっちっさ~」の事実を伽羅は既に知っている。
「あ、う、うん」
「どんな内容?」
「あ、うん、えっとね、猫がしゃべるの」
語彙力よ……。
「あー、"耳澄ま"みたいな?」
「あ、じゃなくて、ええと、主人公が猫踏んじゃったらね、猫の言葉がわかるようになっちゃったの」
伝われ……!
「あははっ! なにそれ面白そう! いいなあ、あたしも動物の言葉わかるようになりたいなあ」
伝わった……のか?
まぁいい。いつもデートで忙しい伽羅にはマンガを読む暇なんてないんだから。
(リア充め、爆発しろ)
「ん? なにか言った?」
「うっ、うううううん、なんにも!」
心の声が漏れたか、あぶないあぶない。伽羅は少しだけ首を傾げてから、奥の更衣室へと入っていった。
フィンランドの民族衣装をモチーフにしたという、白いシャツに、縦縞の入った赤いベストとロングスカート、白いエプロンは、着る人が着ればすごく可愛い。伽羅はもちろん、いま店番をしてる短大生の女の子とか。
私にとってはただの拷問だ。なぜ。なぜ店名がフランス語であるにもかかわらず、フィンランドなんかの可愛い服を選んだのだ。私がバイトするようになった頃は、私服の上にグリーンのエプロンをするだけだった。
それがなぜ!
確かに、ある日「ねぇちゅう子ちゃん、こういう服、可愛いと思わない?」と店長に何かのサイトを見せられたことがあった。服などさらさら興味のない私は画面をちらっと見て「そうっすね~」とだけ答えた。
それがまさかひと月後、ここの制服になるなんて、一体誰が予想し得たであろうか!
「あ、やばっ、もう5分前じゃん!」
可愛い衣装に身を包んだ伽羅が、更衣室から飛び出てきた。もしこれで伽羅が食パンなんぞをくわえて「いっけな~い、ちこくちこくぅ!」などとのまたったら、道路の角でイケメンとぶつかって恋が始まるだろう、始まるに違いない。
「ほら、行こう、ちゅう子ちゃん!」
「あっ、う、うん!」
伽羅に急かされて、慌てて赤いスカートを翻した。
***
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