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お客さんを前に、私は石のように固まっていた。
19時ちかく、夕方の混雑が解消されてきた時間帯に、その男性は現れた。レジが空いてきたので、伽羅は奥のカフェで溜まりまくった食器を片付けていた。
……つまり、私がこのお客の接客を接客で接客しなければならない。
ムリ。できない。顔を見れない。
だって──
「おう」
ドスの利いた低い声が、私の鼓膜を揺らす。
……そう、だってこの人は。
「おう、姉ちゃん」
きっとヤクザ(笑) ……いや、(笑)ってなんだよ私、しっかりしろよ。
「ちぃっと、お聞きしたいんじゃがのう」
こっ、コテコテのヤクザ言葉(笑) ……いやだから、(笑)じゃないってば私。
「なんちゅうたか……なんやオシャレな名前のパン買うてこい言われてんけどなあ。どれもこれも、オシャレな名前ばっかりやないかい」
ポケットに両手を突っ込んだまま、細い体躯を折ってショーケースを覗き込む。その動きに合わせて、派手な柄のシャツがふわりと揺れた。
「のう」
「はっ、はいっ!」
急に顔を上げたものだから、驚いて声が裏返ってしまった。
「なんちゅうパンやったかのう?」
……頼んだ人に聞いてくれ。
「なんかこう、外はサクサクっとしてて、中はしっとりしよるヤツ言うとったんやが」
……メロンパン?
「あーっ、なんやったかのう!」
知らんがな。出直して聞いてこいよ。……ふふふふ、心の中でならなんでも言える、心の中でなら。
「しゃあない。なんかテキトーに2、3個選んでくれ。あ、オシャレな名前のヤツな」
「えっ……」
一番困るパターンのヤツ、キター。
「あ、あの……」
「なんだってええねん。アイツかて、ようわかってへんかもしれんじゃろ」
それはないと思う。
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