胸のなかにあるもの、いつか見えてしまうもの

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「ああ、確かに"ちゅう子ちゃん"のほうが、響きがやわらかいね」  からの~、お説教タイムかな。 「うーん……タコせんべいもいいけど、甘いものも食べたいなあ」  ……ん? 「ちゅう子ちゃん、あんこ系は好き?」  んんん? 「あんみつとか、ぜんざいとか、わらび餅とか。確かソルベもあった気がする」  なんてことだ。  私の"名前嫌い問題"よりも、"タコせんべい vs わらび餅問題"なのか……!  それとも、これも天音さんの気遣いなんだろうか。私が予防線を張ったから。これに関しては踏み込まないでねって、その気持ちを大事にしてくれている── 「あ、いいこと思いついた」  この人は、天音さんという人は、なんてすごい人なんだろう。 「甘いもの食べてって、タコせんべいはお土産にしようか」  バイクに乗せてくれて、水族館に連れてきてくれて、江の島で美味しいごはんを食べる。そのどれもが、私を気遣ってのこと。  別に、私のことなど放っておいてもよかったのに。"いつも行ってるパン屋の店員が、売り物のパンを落としてへこんでる"、あーあ、やっちゃったね、で済ませていいのに。  “一人じゃちょっと入りにくいところだから、一緒に来てもらっていいかな”  決して恩着せがましくなく、私には気を遣わせず、あたかも天音さんの意思で行動しているかのようにみせて、実は……。 「あ、でもタコせんべいって大きいんだよね。バイクでどうやって持って帰ろう?」 「──好きです」 「タコせんべい? 食べたことあった?」  あなたの優しさが。  子どもみたいに無邪気な一面が。  自覚がないだけで、緻密に計算されつくした慈悲深い心が。  ……まずい、泣きそうだ。 「ちゅう子ちゃん?」  私の返答がないことに、天音さんが不思議そうに顔を覗き込んでくる気配がする。  私は、私の意思で、  天音さんをまっすぐ見据えた。 「好きです」 ***
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