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「好きです」──江の島で、抑えきれず言ってしまった言葉は、海風に乗って天音さんのもとへ届いた。
言うつもりなど微塵もなかったのに。たぶん、いつもの日常とはかけ離れたシチュエーションと、かつてない感情の噴出に、自分でもどうしたらいいかわからなくなっていたのだ。
私の言葉を聞いた天音さんは、相変わらずタコせんべいだのぜんざいだの言っていたけど、ややあって、食べ物の話ではないと気付いたようで。
「私、天音さんが、好きです」
一瞬きょとんとしてから、天音さんはにっこり微笑んだ。
「俺もちゅう子ちゃん好きだよ」
「あっ、いや、あの、そういう意味じゃなくて……」
仮にも女の子にここまで言わせるな、この鈍感野郎!
もじもじしている私を、あたたかい微笑みとともに不思議そうに見ていたが、やがて、あ、という顔をしてから、指先で口もとを隠し、困ったように私から顔を逸らした。
……そうだよね、いきなりこんなこと言われたら困るよね。たとえ決まった相手がいないんだとしても、だからって誰でもいいってわけじゃないんだから。
「あの、えっと……」
言葉が見つからないのだろう、天音さんの声が途中で波音に溶ける。
「こっ……、困らせてしまって、ごめんなさい」
いたたまれなくなって、慌てて頭を下げて天音さんの姿をシャットアウトした。ばかばかっ。なんで言っちゃったんだろう。
「あっ、あの、ちゅう子ちゃん、謝らないでくれるかな……」
こういう場合、謝るしか……あ、逆か。フラれるほうじゃなくて、ふるほうが謝るのか。
「ごめん、俺……こういうの、慣れてなくて」
「……は?」
思いがけない言葉に、うっかり顔を上げてしまった。視線の先で天音さんが、私から目を逸らしたまま、ほんのり頬を染めている。なにその色気。
いいや違う。色気云々より、今は「慣れてない」発言が問題だ。
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