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「あの、天音さん──」
「あ、その、面と向かって、そういうの、言われたことなくて……」
意外だ。いや、意外じゃない気もする。私はものすごい勢いで、頭のなかのバイブル(恋愛マンガ)を検索した。
マンガだったら、たまにある。夕日をバックに、互いに向き合って告白するシチュエーション。"顔が赤いのは夕日のせいよ"、なんつって。まあそのほとんどがアオハルと言われるような年代間でのことだけど。
面と向かって言われたことのない天音さんの場合……好きとかそういう言葉なしに、そういう関係になって、そういうことになって、でも互いに好きだとは言ってないから、いつの間にかフェイドアウトする。
一緒に飲みに行って、好きとかそういう言葉なしに、そういう関係に(以下同文)
うん、それなら解る、嫌だけど。天音さんに面と向かって告白できるような肝の据わった女性なんていないんじゃないかな。きっと、どんなに容姿端麗だとしても、尻込みしてしまう何かが、天音さんにはあるんだ。
……私は言っちゃったけど。
容姿端麗の「よ」の字もないけど。
「あ、あのね、ちゅう子ちゃん……」
珍しくしどろもどろだ。
「いま、すごく驚いてて、でも正直に言うと、嬉しくもあるんだけど……」
はい。
「俺は、決まった相手を作らないって決めてるんだ……あ、日本語、変かな」
ううん、と私は首を横に振る。
「言い訳っぽく聞こえちゃうかもしれないけど、心置きなく、仕事に専念したいから」
天音さんの言葉は、全然足りない。
なのに、自然と涙が出てきた。
「明日から、仕事でまた東京を離れるんだ。1ヶ月か2ヶ月か……半年かかるかもしれない」
うん、と頷いた拍子に、涙が頬を伝い落ちた。
「だから、あの、パンを買いに行くことも、ちょっとの間できなくなっちゃうんだけど、それはあの、ちゅう子ちゃんと顔を合わせるのが気まずいとかじゃなくて……」
「うん」
思いきって顔を上げた。頑張って笑顔を浮かべた。これ以上、天音さんばかり困らせたくないから。
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