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それからというもの天音さんは、言葉どおりパタリと来店しなくなった。従者も。……あれ、そういえば天音さんと印南さんて同じ仕事だったっけ?
天音さんがいた日々はあっという間に過ぎ去り、季節だけが静かに私をすり抜けていく。街のイルミネーションがやたらとうるさいクリスマス時期が過ぎ、寝正月が過ぎ、東京に大雪が降って大騒ぎになった季節が過ぎた。
……そう、天音さんは、やっぱり天女だったんだ。どこかで羽衣を見つけて、天に帰っていったんだ。
生まれて初めての、一世一代の告白は叶わなかったけど、大丈夫、天女からもらったものはたくさんある。
もうすぐ2月が終わる頃になって突然、伽羅がバイトを辞めるという話が上がった。
「えっ、なんで?」
そもそもバイトなんだから、正社員としてよりは簡単に辞める決心はつくだろうけど、それでもショックを隠しきれず私は伽羅に食いついた。
「うん、あのね、私ずっと役者になりたいと思ってて。エキストラのバイトとかもしてたんだ。でね、ちょっとした役なんだけど、舞台のお仕事が入ったの」
「えええええーっ!」
目玉が飛び出そうなほど驚く私に、伽羅は小さく微笑んだ。
「ずっと演技の勉強はしてたんだけどさ……やっと、一歩踏み出せたって感じだよ」
ああ、それで、それでなのか、"カレシより自分の時間を大切にしたい"という発言!
「そっか……」
いくらか驚きが引いてきて、私はやっと口を開いた。
「おめでとう! 寂しくなっちゃうけど、頑張って!」
「うん、ありがとう、ちゅう子ちゃん」
たぶん、今までの私だったら、本当は私に嫌気がさして辞めるんじゃないかとか、悪い妄想を膨らませていただろう。でも、もう大丈夫。自分の夢に向かって羽ばたいていく伽羅を、心から応援できる。ていうか、私が一番の応援者になりたい。
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