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ルトゥー・ドゥ・ボヌールから自宅アパートまで、満員電車を乗り継いでおよそ30分。帰り着いた頃にはいつもヘトヘトになる。
築40年という、この木造2階建てアパートは、外観こそキレイに塗られているが、それを剥がせば古き良き昭和のにおいがするような造りだ。このニュアンス、おわかりいただけるだろうか。
下の隅が剥げかけたドアを開けると、六畳一間の古くさい……じゃなかった、レトロな部屋が出迎えてくれる。似合いそうなインテリアはちゃぶ台一択だ。
「はあーっ」
ひとつ大きくため息を吐いてから、使い古したデイパックを放り出して、愛用の座布団にどさりと座る。クッションではない。座布団だ。
畳んだだけで押入れにしまっていない、積み上げたままの布団を背もたれに、そそくさとスマホを立ち上げる。
メッセージ──0件。
いつものことなので気にならない。むしろメッセージがきてたら、こんなに落ち着いていられなくなる。
コンビニ弁当をお茶で流し込み、帰ってすぐに沸かしておいた風呂へささっと入り、煎餅布団にごろりと転がった。22時。ぼっちの夜は早い。
スマホを手に取り、マンガアプリを開く。マンガのページを開いたとたん、おんぼろアパートはオシャレな高級マンションに、私は自称「顔面偏差値低い」超絶美女に変身……する訳がない。せいぜい、マンガの世界を浮遊する浮遊霊くらいなものだ。ふよふよと漂って、モデルみたいな主人公と、モデルみたいなその彼氏を見つめて「うらめしや~」とヨダレを垂らす。
恋人とかいうものが欲しかった時期も、もちろんある。渋谷のハチ公近辺でそわそわしながら携帯をいじったりしてみたかった。休みの日には、一緒に出かけてみたりしたりしたかったりした。
そりゃあ、片想いくらいはしたことがあるけど。想いを伝えるには、私は容姿に自信がなさすぎた。もっと美人な子が似合う、私なんかが釣り合う筈がない、と……。
ああ、いかん。バイトで疲れた夜は、どうしてもマイナス思考に陥りがちだ。なにも考えず、マンガに没頭しよう。
ページをめくるとき、ふと今日お店に現れた、ヤクザみたいな人のことを思い出した。稀にみる変な人だった。
……この時はまだ、店先で再び固まることになろうとは、まったく予想していなかった。
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