清く、正しく、逞しく

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***  翌日、19時すぎ。  伽羅はカフェの片付け作業に入り、私はまたひとりでレジにいた。この時間になると、パンを買いにくる客はほとんどいない。併設してるカフェも、19時でオーダーストップなので、6つあるテーブルのうちの4つが空いている。  もう今日はお客さん来ないかな、と思っていた時に、事態は一変した。 「おう、姉ちゃん、きのうはおおきに!」  でっ……  でっ………  出たーっ。 「なんや、今日も店番かあ。よう働くやないかい!」  い……いやちょっと待って、(ヤクザと話すにあたって)心の準備が。  あわわわわ、と口もとの戦慄(わなな)きは、だが一瞬で引っ込んだ。 「なんだ、やっぱりあるじゃない、しかも最後の1個」  ヤクザのうしろから、ひょいと顔を覗かせたのは──  え、王子ですか?  ゆるく癖のついた髪を後ろに流し、深い黒のスーツをスマートに着こなした……  え、王子ですか?(2回目) 「はあ? どれや!」 「これ、ザルツシュタンゲン」 「……クロワッサンやないか」 「ちょっと違う。クロワッサンはフランスのパンだし、そもそもザルツシュタンゲンは岩塩を」 「パンはパンやろが!」 「パンはいろんな種類があるから楽しいし美味しいんだよ」  ちょ、待て……。 「ごはんかて、いろんな種類あるやろが! 白米、赤飯、お粥さん」 「それと同じだよ」 「パンみたいにややこしい名前ちゃうやんか、なんや、"ザルうどんタンメン"て!」  待てこらヤクザ、王子にしゃべらせろ! 「え、なに、ザルうどんタンメンて」 「俺が聞いとんじゃ!」  ……お笑いコンビ? 「すみません、ザルツシュタンゲンください」 「無視すんなゴラァ!」  ああロミオ、あなたはなぜヤクザなんかと一緒にいるの? 「あの、すみません」 「あっ、はっ、はいいっ!」  私に話しかけていたのか。私が店員だからだ。私がレジ係だからだ。ちょっと違う世界に行っていたけど私は店員だ(大混乱)。
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