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翌日、19時すぎ。
伽羅はカフェの片付け作業に入り、私はまたひとりでレジにいた。この時間になると、パンを買いにくる客はほとんどいない。併設してるカフェも、19時でオーダーストップなので、6つあるテーブルのうちの4つが空いている。
もう今日はお客さん来ないかな、と思っていた時に、事態は一変した。
「おう、姉ちゃん、きのうはおおきに!」
でっ……
でっ………
出たーっ。
「なんや、今日も店番かあ。よう働くやないかい!」
い……いやちょっと待って、(ヤクザと話すにあたって)心の準備が。
あわわわわ、と口もとの戦慄きは、だが一瞬で引っ込んだ。
「なんだ、やっぱりあるじゃない、しかも最後の1個」
ヤクザのうしろから、ひょいと顔を覗かせたのは──
え、王子ですか?
ゆるく癖のついた髪を後ろに流し、深い黒のスーツをスマートに着こなした……
え、王子ですか?(2回目)
「はあ? どれや!」
「これ、ザルツシュタンゲン」
「……クロワッサンやないか」
「ちょっと違う。クロワッサンはフランスのパンだし、そもそもザルツシュタンゲンは岩塩を」
「パンはパンやろが!」
「パンはいろんな種類があるから楽しいし美味しいんだよ」
ちょ、待て……。
「ごはんかて、いろんな種類あるやろが! 白米、赤飯、お粥さん」
「それと同じだよ」
「パンみたいにややこしい名前ちゃうやんか、なんや、"ザルうどんタンメン"て!」
待てこらヤクザ、王子にしゃべらせろ!
「え、なに、ザルうどんタンメンて」
「俺が聞いとんじゃ!」
……お笑いコンビ?
「すみません、ザルツシュタンゲンください」
「無視すんなゴラァ!」
ああロミオ、あなたはなぜヤクザなんかと一緒にいるの?
「あの、すみません」
「あっ、はっ、はいいっ!」
私に話しかけていたのか。私が店員だからだ。私がレジ係だからだ。ちょっと違う世界に行っていたけど私は店員だ(大混乱)。
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