清く、正しく、逞しく

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「ええと、ザルツシュタンゲン、ください」  なんとまあ、声まで麗しい。  え、モデルさん?  え、声優さん?  え、ハリウッドスター?(大混乱) 「あのう……」 「あっ、えっ、ええと、ザルシュタンゲンですねっ! おっ、おひとつでよろしいでございますかっ!」 「あ、うん……ひとつしかないよね?」  はああああああああっ! 「しっ、失礼つかまつりました!」  ぶるぶると震えまくる手でどうにかトングを操り、丁寧に、丁寧に、そらもう丁寧に、ザルツシュタンゲンを紙袋に入れる。 「そない緊張せんでも。別に1個しかないからいうて、天音(あまね)は怒ったりせんでえ」  緊張の意味が違うわ。 「せっかく一緒に来てくれたから、印南(いんなみ)にもなにかご馳走するよ。なにがいい? あんパン?」 「なんであんパン一択やねん!」  だからお笑いコンビかっ。  結局、パン・オ・ショコラとチョココロネという甘い系パンをお買い上げ頂き、王子(とヤクザ)は去っていった。 「はあ……」  ここ数年で一番疲れたかもしれない。無意識に大きなため息が漏れた。 「ちゅう子ちゃんてさあ……ああいうのがタイプなんだ?」  突如耳もとで囁かれ、悪霊に取り憑かれたのかと思って飛び上がったが、なんのことはない、悪霊ではなく伽羅だった。 「品行方正で真面目な、学問ひとすじの研究者、みたいな感じの」 「え?」  伽羅の目は、彼らが消えていった出入り口へと注がれている。 「由緒ある良家のお坊ちゃんで、優秀な大学を優秀な成績で卒業なさいました、的な」 「は?」 「気を付けなさいよ~、ああいうのに限ってヤバかったりするんだから」  なんの話? 「ま、本気で好きなら、あたしは全力で応援するつもりだけど」  本気で、好きなら。好きなら。好き…… 「あ、あの、伽羅ちゃん。さっきから、なに言ってるの?」 「え?」  私ばかりでなく伽羅も、その愛らしい目をまるくした。
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