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「本気で好きって、誰のこと?」
「えっ? だって……」
きょろきょろと、私と出入り口を交互に見る。
「ちゅう子ちゃん、さっき、目にハート入ってたよ?」
まつげじゃなくて?
「あっ、ヤダ、もしかしてヤクザのほう?」
「伽羅ちゃん、落ち着いて」
伽羅の言わんとすることがようやくはっきりして、思わず笑いが漏れる。
「伽羅ちゃん、誤解してるよ。私、会ってすぐ好きになったりしないし」
「でもでも、一目惚れって言葉もあるよ?」
「ないない」
「でもっ……じゃあ、さっきの取り乱しっぷりは何?」
そうか、取り乱したように見えたのか。私は小さく吹き出した。
「イケメンだなあって思って、緊張しちゃっただけだよ」
「え、だから、それってすなわち──」
「恋愛感情からくる"好き"とはまた違うんだよね。イケメンだしスタイルいいし、ほら、そんな人が私を好きになるわけないでしょ」
ひととおり遠い目で語ってふと伽羅を見ると、面白いくらいぽかんとしていた。
「ちゅう子ちゃん……」
「な、なに?」
「こんなにしゃべるちゅう子ちゃん、初めてだわ……」
ボッと音をたてて顔から火を噴いた。熱いヤバイ(恥ずかしさで)溶ける。
「ごっ……ごめん、ウザイよね、キモイよね!」
「ううん、しゃべってくれるほうが好き」
にっこりと美女に微笑みかけられて、塩をかけられたナメクジのごとく溶けた。
マンガのなかだけじゃなくて、現実世界にも憧れてしまう人は、たまに、稀に、ごく稀に存在する。けど、そういう人というのは、現実に存在してはいるけど、しょせんマンガの登場人物と同じなんだ。色即是空だ。
つまり、彼らの人生に私が入り込むことはない。それは私にとっても同じで、もし万が一そんな事態が起きようものなら、私にとっては異世界転生にも匹敵する。
だから、いいの。異世界になんか行きたくないし。イケメンモデルハリウッドスターと一緒にいたところで、自分がみじめになるだけだし。
私は、私の世界で、のんびり生きていくんだ。
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