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第一相談室
夏目相談事務所が開いてから一日。
閑古鳥が鳴いている。
「暇だぁ〜」
とは言ってもお客が来ないことは少し嬉しい。
なにせ、初相談なんて無理。だが暇なものは暇だ。
ホコリまみれのソファーに座りさり気なくスマホをいじっていると、あるニュースが目に止まった。
「川端漱石 新刊発売」
夏目の好きな作家だ。ショートショートなのだが一つ一つのお話に心がこもっている。ときにはお悩み相談のようなお話も書いている…と夏目はバネに押されたように飛び起きた。
「…これだぁ!!!!」
そこにはこう書いてあった。
「川端漱石 お悩み相談いたします」
さて、カウンセラーがお悩み相談。どうなることやら…。
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「1番 夏目一葉様 お入りください。」
はい、と夏目は落ち着いた声で返事をした。
川端漱石のお悩み相談に来ている。なにせ1時間前から並んだのだ。ビッシリと悩みを聞いてもらわなくては。
お悩み相談と言っても夏目のような立派な建物ではなく、少し古い建物でやるらしい。どうやらここは商都社のようだ。
商都社とは、川端漱石を始めとしたたくさんの作家を出してきた大手小説企業。
かなり古臭い扉には「川端漱石」という札が掲げられていた。
夏目は深呼吸をすると、ドアをゆっくりと開ける。
「失礼します」
ドアの向こう側には、かなりかっこいい顔の男の人が一人。
「1番 夏目一葉。」
その人が口を開いた。夏目は適当にそこら編に座る。
「あなたが川端漱石先生でしょうか」
少しツリ目の男性は、そうだが、という。
「私の悩みは、カウンセリングができないことです。」
川端はツリ目を夏目に無理やり合わせると、持っていたペンで夏目を指す。
「その悩みに需要ない。済まないが帰ってくれ」
「…なんでですか。」
川端は夏目のバックからはみ出たチラシをペンで指した。
夏目は不思議そうな顔でバックに入っていたチラシを読む。
『川端先生が需要のない悩み、すなわち小説のネタにならない悩みだと判断された場合は帰っていただきます』
「そういうわけだから。」
川端は、夏目から目を離すと原稿用紙に向き合った。
「…あのっ!!」
夏目は、チラシを手に持ったまま叫ぶ。
「悩み聞いてくれないんですか!?」
川端は、夏目の方を見るとペンでもう一度指した。
「芥川!彼女を帰らせてくれ」
夏目は慌てて指されたのが自分じゃないことに気づくと後ろを振り向く。
そこにはさっき「1番 夏目一葉様 お入りください。」といった人がいた。
「…誰ですか」
「僕は、芥川治。川端先生の編集者だよ。川端先生の執筆の邪魔になるやつは帰った帰った。」
先程の口調と偉い違いだ。
夏目は押されるままに、外へ出ていった。
もう、と帰ろうとしたときドアの空いた隙間から夏目は叫んだ。
「ねえ!じゃあ需要のある悩みを持ってくればいいのね!?需要のある悩みを持ってくることができたら私の悩みも聞いてくださいーー!!!」
ドアの隙間から、芥川の目がのぞく。
「だめだよ、先生は忙しん…」
芥川のセリフを川端は遮った。
「…いいんじゃないか?」
いつの間にか川端はペンを止めている。
「先生今なんと…」
「だから、いいんじゃないかと。」
芥川は先生!と絶叫しそうになるのを夏目は遮る。
「いいんですね!!!あとからやっぱり無しでは禁止ですからね!」
夏目は芥川になにか言われる前に、ドアの前からかけていく。
芥川はため息をつくと川端の方を向いた。
「先生。ほんとにいいんですか。」
「僕は構わない」
川端はペンをもう一度走らす。この雰囲気になったら誰も止めることはできない。その時夏目の大声が聞こえた。
「また来ますからねーー!!!!!!!」
芥川は、ドアを勢いよく占めると川端の方を向いた。
川端が少し笑ったような気がしたが、気のせいだろう。
先生がモードに入ったら誰が話しかけても、完成するまでは聞こえていないはずだから。
芥川は、小説が完成するまで飲まないのを分かっておきながらコーヒーメーカーのボタンを押した。
続く
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