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父が事故で亡くなったと知らされたのは学校から帰って宿題をしている時だった。急いで母と病院に向かう。だが父は既に死亡が確認され霊安室へと移された後だった。事故の詳しいことはよくわからない。仕事中の事故だった、と後から聞いた。今日も朝早く「行ってきます」と出掛けて行った父。母は泣き崩れ俺は悲しみと共にこれからどうなるんだろうという不安で足がガクガクと震える。そんな中、工務店の社長をしている菅原がやってきた。娘は俺の同級生だ。形だけのお悔やみを言った後、じっと母の様子を見ている。ねばつくような視線に嫌なものを感じた。
葬儀を終えしばらく経つと母はパートに出るようになった。菅原から「うちの工務店で働かないか」と誘われたからだ。働き口を探さなきゃとため息をついていた母は喜んだ。でも、すぐに様子がおかしくなっていく。何だかいつもぼうっとして目が虚ろだ。いきなり泣き出すこともある。母はゆるやかに壊れていった。そんな中、母の万引きが始まる。パート帰りに日用品や総菜などのちょっとしたものを盗んでは見つかり、何度か警察の世話にもなった。町内会長でもある菅原のとりなしで一応お咎めなしになってはいるが、このままではいけない。俺は万引きさせないようパートが終わるのを待って一緒に帰ろうと思いつき、工務店に向かった。
(そろそろ仕事の終わる時間だ)
俺は工務店の裏口で母が出てくるのを待つ。
(ん? 何だ?)
事務所の中から妙な声が聞こえる。男性のハァハァという息遣いと女性の呻き声。トクン、と心臓が跳ねる。そして絶対に覗いちゃいけないと思った。脇から嫌な汗が流れてくる。
「あ、来てたの」
それから三十分程して母が出てきた。虚ろな目、乱れた髪。
「うん、迎えにきた」
俺は理解した。母が壊れていった原因を。子供でもそのぐらいはわかる。その夜、俺は母に言った。もうあんなとこ辞めちゃえよ、と。母は驚いたような目で俺をじっと見る。
「おまえ……」
きっと俺が今日事務所の外にずっといたこと、そしてそこで何が行われていたのか知ってしまったと悟ったのだろう。母は泣き崩れた。そして工務店を辞めた。菅原というのはとてもわかりやすい男で母が工務店を辞めた途端態度を一変させた。自分の思い通りにならないなら消してやろう、そんな勢いだ。許せない。ある日母がポツリと言った。
「父さん、本当に事故だったのかしら」
驚いた俺が何も言えずにいると母は事故について話してくれた。確かに聞けば聞くほどおかしな点がある。ひょっとして。
「なんで俺たちばっかり。本当の泥棒は菅原ん家じゃないか。あいつら俺たちから何でもかんでも奪って」
怒りのあまり手が震える。クラスで偉そうにしている菅原の娘が頭に浮かび怒りに拍車がかかった。
「そうね。うちばっかりこんな目に遭って、理不尽よね」
その時、いいことを思いついた。そうだ、菅原が俺たちを追い出そうとしているなら、それどころじゃなくしてやればいい。例えば娘が……。
「ねぇ母さん、あのさ」
その夜俺たちは遅くまで話し込んだ
翌日、学校で俺の母親が泥棒だと名指しされると菅原の娘がわざとらしく俺を庇う。優しい私に感謝しなさいよね、という表情。つんと顎を反らせて笑うところが父親そっくりだ。俺は計画通り菅原の娘に今日家に来ないかと声をかけた。案の定娘は満面の笑みで頷く。他人の不幸が嬉しいのだろう。本当に嫌な女。
――カワイソウナ子、だぁれ。
廊下からクラスの連中がまたくだらない遊びをしているのが聞こえてきた。俺は菅原の娘を前に心の中でほくそ笑む。本当にカワイソウナ子は……オマエダ。
了
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