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カノンは試練を惜しまない
「今日は皆さんに、大事なお話があります」
先生が怖い顔でそう言いだした時は、大抵ロクな話じゃない。四年生の時もそうだったしな、と俺はうんざりした気分になった。
「今日、先生の机の横のゴミ箱に、こんなものが捨てられていました」
川口先生は、紙を敷いた教卓の上に、一足の運動靴を置いた。うわあ、と教室のあちこちからざわめく声が上がる。その靴は紐があちこち切られていたり、泥がしみついていたり、靴底の裏が剥がれていたりと酷い有様になっていたからだ。少なくとも、紐が誰かに切断されているのは明白である。ズタズタに切り裂かれた紐が、無惨に靴の横に垂れ下がっているのが見えた。
「昨日の放課後、このクラスの松本君が帰ろうとしたら外履き用の靴がなくなっていた。そうですね松本君?」
「はい」
教室の後ろの方で、松本大貴少年が頷いた。背丈も平均的、運動神経も並。大人しくて真面目な、悪い言い方をするならば地味な少年である。
「だ、そうです。たまたま予備の靴を持っていたから家に帰ることはできましたが、そうでなければ本当に困ってしまっていたとのことで」
ぐるり、と教卓の前に立つ川口先生の目は厳しい。彼女はまだ先生達の中では若い先生だったが、だからこそ熱意にあふれているのは見て取れた。まだ四月、このクラスも始まったばかり。クラス替え直後に自分達に自己紹介した折、真っ先に“いじめは絶対に許さないので、そのつもりで”と言っていたのは記憶に新しい。
もし、このクラスでそういうことが起きたなら、きちんと真相を突き止めて正していかなければいけないと思っているのだろう。
「正直に言ってください。これを、やったのは誰ですか?」
だが、いじめっ子が、おいそれと先生に“自分がやりました”なんて名乗り出るはずもない。
教室の中はざわついたまま。誰も、名乗り出る気配はなかったのだった。
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