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あなたにだけ見せたい
「ごめんなさい、北川さん」
「……うらやましいな」
「え」
「律先生の経験になった男が。誰なんですか」
「男と決めつけるんですね」
「わかりますよ。律先生は、男がどうにかしたくなる男です。……ねえ、誰なんですか」
律は、愛する男の顔を思い浮かべる。
「優しくて、誠実で、あったかい感じがする男ですよ」
北川が喫茶店を出ても、律は席を立たなかった。腕時計を見る。打ち合わせは予定通りに終わった。
もうすぐ、あの男がやってくるだろう。
「律先生」
律は顔を上げた。男と目が合うと、自然と笑顔になる。
「橋田さん!」
橋田は律の向かいの席に座る。
「さっき、男が出ていきましたよ。悲しそうにうなだれて」
「へえ、何かあったんでしょうか」
「はぐらかすのが上手くなりましたね」
橋田はマスターに向かって、手を上げた。
「すみません、コーヒーと……」
「ミックスジュースをください」
「そんなに好きなら、いつも頼めばいいのに」
律は橋田の目を見つめた。
北川には見せたことがない熱っぽいまなざしで、橋田と視線を合わせる。
「橋田さんにだけ見せたいんです。本当の僕を」
橋田は微笑んだ。
「律先生。やっぱり、きみはかわいい人だ」
【了】
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