発明館の恋騒動

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「に…にぶつ。」 煮物と二物によほど壮絶な『何か』があったのか、先生の目はもはや血走っておりました。 「そうッ。二物とはそう即ち『天は二物を与えず』その『二物』ッ!判ったかねッ」 「もちろんですともッ」 「判ったら復唱!にぶつ!」「にぶつ!」 「もう一度!にぶつ!!」「にぶつ!!」  かくして私は先生と、今後一切題名を読み違えないよう『にぶつ』の復唱に明け暮れたのでした… ・・・・ ・・ ・ 時が経つのは矢の如し、あっという間に今は朝。今日は先生の表彰式ということで、我々もとい私めは朝食もそこそこに、式参列の準備に奔走しておりました。 「先生先生ッ!こちらのお着物、どう思われますかしらん。」 「着物…ああ、そんな着物持ってたの?」 一番上等のお着物を胸に当てた姿の私は、ガックリ膝を付きました。 「そうではなくっ…この着物が果たして晴れの舞台に相応しい装束であるかどうかという事をお伺いしておるというのに……なにせ折角の大舞台なのです…折角の大舞台におきましては、身なりも大切なマナアなのですッ!」 「玉雪君…一緒に行ってくれさえするなら別に良いんだけどサ…何かこう、式の本質を取り違えてはいないか。君の成人の儀とかそういうものと。」 「滅相もありません。それでは先生は、どちらに召し替えられるので?」 「ははっ、僕がなぜ召し替える?」 えっと思わず仰け反った私が見るにつけ、先生の格好はみすぼらしい訳ではないのですが、余りにも普段着です。  「えっ…、いけません。もっとこう、豪気に『正装』なさらなくては。」  「ゴーギニセイソウ??そんなもの持っていないよ。」 先生はあははと愉快に笑っていますが、真逆このままの格好で、壇上に。たちくらんだ私を尻目に先生は、窓の外を眺めつつ『今日は良い天気』など呑気この上ない事を呟かれます。嗚呼、式まであと少ししかないのに……… いても立ってもいられずに、私は頭を回しました。 「…確かあそこにお父様の正装が。」 「あッ玉雪君どこへ……って、前から思っていたが、なんて得体の知れない素早さなのだ。短距離走でもやっているのか。腕の力も人一倍だし、もしや人種が違うのか……?」 「私は純日本人でございます」 「もう居るッ!」 「場所が判然とせず少し手間取りましたが、お着物はこちらにございます。ササ早く、お召し換えをば。」 「この素早さで手間取っただと……」 「私の俊足が無駄になってしまいましてよ!!」 「嗚呼、分かった分かった!」 どうにかお父様の一張羅に召し換えられた先生と二人して、私は一路栄光の授賞式へと足を運ぶのでした。 ・・・・・ ・・・ ・ 「ここか…。」 「なんて立派な洋館なのでしょう…。」 招待状に記されていた住所は、都内某所の豪奢な洋館でございましたが、その余りの荘厳さに心の声が漏れ出ておりました。 「發明館を同じ洋館として括るのが、申し訳なく思われますわ…」 「天国のご両親に聞かれていないといいけれど…あッ!いけない、そろそろ時間だね。」 「では、いざッ!」 いよいよとばかりに私が、立派なドアーへ手をかけた瞬間、背後で誰かが大きなお声を上げました。 「オヤ、これはこれは…本日の主役、黄堂大先生じゃアないか!」 そのお声の余りの高らかさに、私たち二人はギョッと身体を飛び上らせました。
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