お傍に置いて

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お傍に置いて

「先生ってば、ちょっとお待ちくださいな…せ、先生!」 一向に歩みを止めない先生の背を追いながらも、私の胸は極度の困惑で覆われておりました。 まさか、今この私は…身体能力で先生に引けを取っている…?こ、この玉雪めが?? これまで脚力・腕力・視力聴力その他あらゆる能力において先生を凌駕してきたこの私、井形玉雪が……?? 生まれて初めての屈辱に唇を噛み締めつつ先生を追いかけていると、いつしか眼前には愛しき発明館の玄関がありました。先生が物凄い勢いでドアーを開くと同時に、バタアンという派手な音が響き渡ります。こともあろうに先生は、突如上がり框(かまち)に倒れ伏したのです。 「せ、先生!!」 「゛……っ」 即座に近寄り抱き起こしてみれば、先生のお顔は蝋人形よろしく真っ白です。私は、脊髄反射的に先生の頬を打ちました。 「お、お気を確かにッ!」パアン、と力強い響きが大気を震わせます。 「あ痛ッ。」 先生が何か呟きましたが、まだまだ反応は芳しくありません。私は平手に一層の力を込める事に致しましたが、これらは全て先生の為なのです。こういう場合は、力ある者こそがその力を存分に発揮し、意識を呼び起こさなければならないのですから。この平手で先生が救えるのなら、右手一枚失ったとて痛くはないのです。 俄然気合いの籠った私の手は、幾度と無く先生の頬を打ちました。 「先生ッ!先生先生ッ!」 「い、痛…痛い!!いた…痛いと言ってるじゃあないかやめたまえ君ッ!!」 先生は死に物狂いで起き上がると、真っ赤なお顔を思い切り顰められました。全力の平手を受け続けたせいか、あるいは激しい怒りのせいか、兎に角血の気は戻っています。 「も、申し訳ございません…まだ意識が戻らぬものかと。」 「君ねぇ……」 先生は、大きな溜め息とともに、両手で頭を抱えます。…怒られる。反射的に身を固くする私を見ると、先生は怒るでもなく、ふぅと優しく息を吐いたのでした。 「兎に角…何でもすぐに暴力に訴えかけるのは止めたまえ。心配してくれるのはありがたいんだが…何かと力が強いのだよ、君は。」 「え…」 先生は私の困惑を知ってか知らずか、眼に涙をたくさん溜めて、頬っぺを擦られておいでです。イテテ、と呟くその仔鹿めいたお姿に、私の胸は強く締め付けられます。この御仁はなんてか弱く、いたいけなのか。 傷つき悲しむ先生を前に、私は静かに誓いました。力の強い者こそ、己が強さをわきまえなければならない…。 意図せず痛めつけた頬を撫でるべく、私の手は自然と伸びておりました。 「悪気はなかったのです。お許しくださいましね…」 「ん…?」 然して、この手が熱い頬に触れると、先生はヒュッと息を呑んで払い除けます。驚いて先生を見遣ると、なぜだか先生のほうが驚いた顔をします。 「き、気にするな…少し、傷んだだけだ。」 「はい…。」 私はぎこちなく微笑みましたが、冷たく振り払われた手の感触は、生々しく残ったままでした。 先生は私から目を逸らしたまま立ち上がると、ついと居間へと向かわれます。 「早く中に入ろう。」 「え、…ええ。」 なんだか…先生に触れるたび、いつも怒られる。 私は困惑と悲しみを抑えながらも、先生に続くべく立ち上がるのでした。
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