令嬢、孤軍奮闘ス!

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引きずられるように居間へ落ち着いた後、先生は熱いお茶を淹れてくださいました。 温かいお茶を含んで気持ちが落ち着いたところで、先生がようやく口を開きます。 「本当に一つも、売れなかったの?」 「ええ…。」 絶望を思い返す私に『そう』とだけ答えた先生は、そのまま黙ってしまいました。 どうやら私の想像もつかない、難しいことを考えておられるようです。 思索に耽る先生のお姿に、なぜか心がほうとゆるんで本音が漏れ出ておりました。 「お終いですのよ。」 「…終い?」 ゆっくり上がった先生の眉間には、深いしわが寄っています。それでももう、私の言葉は止まりません。 「エエ、『お終い』ですわ。だって、お父様お母様も下宿の方ももう、みーんな居ないんですもの。それに、頼みの綱の『四ツ目眼鏡』も、まったく売れなかったんですものね。」 私は笑ってみせますが、もちろんそれは虚勢でありました。 そして、今このお方に虚勢を張っても意味がないことだって、嫌というほど分かっていました。 私の言葉を聞いた先生は、ただしわを深くするばかりで何も返してくれません。 私の胸はギュウ、と締め付けられました。 ―――ここでひとつ、どうして私が追い詰められたか、その顛末をお伝えしておきましょう。 元来私の家は、貧しい家庭ではありませんでした。 今は亡きお父様は勤勉なお役人でしたし、そのうえ代々受け継いだ大きな洋館を所有しておりました。 本業のかたわら洋館の空き部屋を人に貸し、そのおかげで私は幼いころより、小間使いのいる生活を送ってきたのです。 さて、そのお父様は趣味として『世に広く役立つ新しい発明』の開発に心血を注いでおりました。 趣味が高じた結果、お父様は洋館を『発明館』と名付け、家族全員と小間使いそして下宿の方々とは仲良く日々を送っていたのです。 ちなみに、先程から登場している『先生』とは古くからお部屋を借りている方で、お名前は日野(ひの) 仙之介(せんのすけ)様といいます。 私にとっては幼い頃より面倒を見てくれる、心優しいお兄様のような方なのでした。 本題に戻りましょう。 しかしてそんな幸せな日々は、お父様とお母様の突然死で終わりを告げます。 二人仲良く出かけた旅行で、崖から落ちる事故に遭ったのです。二人共、即死であったそうです。 しかし悲しみに暮れる間もない不幸な娘は、館を背負うこととなりました。 するとどうでしょう、優しかった下宿の方たちは態度を変えて賃下げを迫ったり、小間使いたちも陰で私を『不孝者』と嘲り始めます。 案の定私に家主は務まらず、下宿の方や小間使いたちは続々と館を去っていきました。 しかしそんな中、先生は頑なに私の元を去りませんでした。 勝手ながら私はそんな先生を、唯一の家族のように感じていたのです。 だだっ広い洋館で暗澹と生きる中、お父様のお部屋を整理していた私は『機密』と書かれた怪しい箱を発見します。 しかして私はその中に、お父様いわく『世紀の大発明品』たる『四ツ目眼鏡』を見出したのです。 魔訶不思議なその眼鏡に関して、お父様は絶対的価値を見出しておりました。 なぜなら眼鏡の添紙には、『画期なる文明の権化』『これを認めぬは近代人に非ず』、果ては『飛ぶ燕の如く売れる大傑作』等々と黒々とした達筆で、それはもう自信ありげに記し尽くされていたのですから。 隅に記された保管場所よりおびただしい数の『眼鏡』を見出した私は、これらがまさに『飛ぶ燕』となる事に人生を賭けることとしたのです。 ここでようやく、説明が追い付きましたね。 意気揚々と館を出た私はご覧の通り惨敗し、翼を無くした燕さながらおめおめ館へ出戻りました。事の顛末はこれまでです。 黙ったきりの先生は、何を思っているのでしょうか。 きっと、ここにいても未来はないと、次なる下宿先に思いを馳せているのだ。学のない私にだって、すぐに分かることです。 ここで先生という拠り所をなくしたら、私はもう本当に『お終い』になるでしょう。 それでも私に先生を邪魔する権利なぞ、到底あるはずもございません。
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