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授賞式へ行かう
憮然とする私を置いて、先生はおもむろに手を叩きました。
「さて、そろそろこの濡れた着物を如何にかしなくてはね。
着替えるから、そろそろここから出てくれたまえ。」
そうだ、お茶を零した後だった。ギョッと先生を見やると、そのお着物はグッショリ濡れかつ私の乱暴な手当てのせいで、あられもなく乱れておりました。
「いやだ、先生ずっとお茶を被ったままでしたッ。」
「もう何だか乾いてきた様な気もするがね。」
「この水浸しの一体何処が乾いていると・・・それに、こんな所へ居座られてさぞ窮屈だったでしょう・・・早く言ってくださればよかったのに。」
「ああ、まあ・・・窮屈ではあるが・・・好きなだけこうしていても、僕は一向構わないのだが。」
「先程から何をぶつぶつ言っておられるのかしらん・・・何より早くお着替えを!サッサとお召し替えなくては、代わりに風邪を召されますわよ!!」
言うが早いか、私は脱兎の如く盥をひっつかみ退散したのでした。
なんだかとても長い間お邪魔していたようでしたが、時計を見たら、まだ正午にもなっていませんでした。
・・・・・
正午は過ぎ去り、昼下がり。
朝方先生より『お手伝い 僕の求める 範囲内』なる命を受けた即席閑古鳥メエドは自室にて、壮絶な虚無と闘っておりました。
お父様お母様その他多数の方が屋敷を去った後、『やる事がない』のはもはや当たり前だったからこそ感じずにもいた虚無を、一度お手伝いの喜びを知ってしまった先の『やる事のなさ』は一段と酷でありました。
もう片付かないほど片付け尽くした部屋の机上に肘をつきボンヤリ虚無を感じていると、唐突にノックの音が響くではありませんか。この屋敷でこの音を立てられるのは、ただ一人です。この広い屋敷でノックができるのはただ一人・・・
先生・・・私の虚無を打ち払いに・・・!
私は電光石火ドアーに駆け寄り、はいッとノブを引きました。
「如何様にございますかッ!」
「うわあびっくりした・・・如何様はそっちだよ・・・。」
先生は青い顔で胸を押さえ、びっくりしたなあもう、と言い言い呼吸を整えます。
「申し訳ありません。少しばかり、退屈で死にそうでしたので。」
「いや、僕こそ仕事めいた仕事をあげられなくて、すまなかったね。」
「すまな『かった』・・・?とするとつまり、今は持ち合わせていらっしゃるのですかッ!!」
「わッ?だからそう飛びつくのはやめなさいッ。そ、そうさ玉雪君・・・僕は君にね、是非とも願いたい仕事をひとつ、思い出したのだ。」
「ああ・・・ひとつ。」
なあんだ、たったひとつか。魂が抜ける思いの私に、先生はなお追い打ちをかけました。
「ああ。まあ、明日なんだけどね。」
「あああ・・・あした。」
「そんなあからさまに落ち込むのはやめてくれたまえ・・・僕はなぜか、自分が情けなくて仕方ないよ。」
「申し訳ございません・・・ただ、今この瞬間から明日になるまでの間に、たった一つしかお仕事がないというだけでここまで落ち込んでしまって・・・。」
しかし、先生はそこで妙に明るいお顔になりました。
「だが、落ち込むのはまだ早い玉雪君ッ!」
「はい?」
「その仕事なのだがね、ただの掃除や使いではないのだよ。
なんと!!先だって僕が獲った賞の授賞式への、同行なのだからねッ!!」
「ご、ご同行・・・?」
「そうだ、同行だよ同行!凄いだろう玉雪君?悦ばしかろう玉雪君?」
「す、凄いですわ先生・・・悦ばしいですわ先生!!」
ああ・・・なんて・・・
なんて素敵なお仕事なのでしょう!!
しかし、私の脳裏に疑問がよぎりました。
「でも・・・」
「何だね?」
「メエドとは本来、邸宅内でのみお仕えする者だったのではなかったかしらん。」
先生はあからさまにウッと呻きました。
「ですからメエドの私がそのような場に同行するというのは、むしろ『先生の求める範囲内』のお仕事の範囲を越えているのではないかと・・・」
先生は、チッチと舌を鳴らしつつ指を振りました。
「玉雪君・・・」
「はい。」
「今更何を細かい事を言うのかね・・・誰が屋敷にいなくてはなどと決めつけたのか。僕はそんな決めつけはあってはならぬと思う。メエドだって、外で仕事する権利を当然持っているのだよ。
そもそも、別にメエドとして君に来てもらいたいのではないし。」
「はあ・・・?」
何やらわけが分からなくなってまいりました。
先生もうっすらと『自分は何を言っているのか』という困惑を浮かべています。
しかし、後に引く気もさらさらないようです。
「そう。僕はそもそもね、『メエドとしての玉雪君』に同行を依頼してるわけじゃない。むしろ同行してもらいたいのは、『我らが愛すべき発明館の大家』としての玉雪嬢・・・いやもうむしろ、『ただの玉雪君』として、授賞式へのご同行を願っているッ!」
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