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「つまり、一人で行くのが心細いから一緒に来て欲しいのね……」
先生はウッと呻きましたが、私は構わず続けます。
「心細いなら、最初からそう言って下されば良いのに。さらに細かいようですが、私はもう『我らが』大家ではございません。だって、ここにはもう先生しか残っておりませんもの。」
先生は私の言葉に、うつむいて黙り込んでしまいました。然して、癖髪の間からひょこんと覗くお耳は真っ赤でございます。私は少し言い過ぎたのかもしれません。
せめて『我ら』のくだりは控えるべきだったかしらん。後悔し始めた私に、先生はポツリと口を開きます。
「…厭なら良いよ、僕も行かないから。マァ、そもそも行かない算段をしていたから、同じ事だ。」
私は思わず耳を疑いました。
「で、でも……先生の授賞式でしょう。」
先生は案の定真っ赤なお顔を、ガバリと上げました。
「関係ないね!僕は別に、世間の称賛を浴びるためあれを書いたのではないし…」「先生!!」
どこかむきになっている先生に負けじと私も声を張り上げました。ついでに先生の両腕をギュウと掴みます。
「うわッどうした急に…」「行かないなんて、なりませんッ。佳作や参加賞ならまだしも、先生は大賞なのです。行きたくなかろうがまんざらでもなかろうが、参加するのが大人というものマナアというものッ!」
「き、君君。離しなさい…」
正義に燃えたぎる私に怯えきった先生は、細い両手を振り払うべくじたばたしますが無論びくともいたしません。なにせ私は地獄耳かつ韋駄天かつ、怪力なのです。
「で、でも君…招待状にはちゃんと『不参加』の欄もあるし…」「それはあくまでお飾りなのです!」「お、おかざり………。」
私は手にギュウウと力を込めました。同時に先生のお顔は苦痛にゆがみます。
「い、痛い痛い」「何が何でもこの私め、大家兼先生付きのメエドとしては…先生を栄華と賛美の授賞式へ、お連れ致しますッ!」
先生は得体の知れない私の情熱と怪力に恐れ戦いておりましたが、ついに「わかったわかった」とうなだれました。
「本当ですわね、先生…」
私が力を緩めたやいなや、先生はその手を振りほどき『なんて力だ恐ろしい』と呟きました。しかし、さらに先生には不憫な事に、私の熱は冷めきっておりませんでした。
「先生、明日授賞式に同行させていただくとして…もう少しお仕事についてお聞かせ願いたいですわ。」
先生は新たなる絶望が来たというように息をのみます。
「何言ってるんだ君は。僕は最初に言っただろ、君に与太話を読ませる積りはないと…。」
「でも、もう少しくらい教えてくれたって良いでしょう。だってまだ私、先生が仰った事以外何も知らないのよ。“作家”で“ある賞を獲った”なんてそんな、フウワリした説明…。このままでは明日になるまでずっと、先生が嘘吐きだったらどうしようと頭が一杯になって仕舞います。」
それでも、先生は難しい顔を崩しません。
ああ、この人は、余ッ程自分を知られたくないのだ…結局心を開いていないのだ。家族のように感じていると、言ってくれたのに…。私の胸は、刃物で刺されたようにズキンと痛みました。
「嘘吐きは、嫌いよ。」
呟いたと同時に、先生は息をのみました。
「嘘だなんて!!」
「き、聞こえておりましたの…。」
私でも分からないほど、小さな声だったはずなのに。
「僕は君に嘘なんか吐けない。」
先生は、怒ったような困ったような厳しいお顔をしています。その瞳の鋭さに狼狽え、怯えた私は本能的に目を背けました。しかし先生は、素早く私の手を掴んだのです。
「ついて来なさい。嘘吐きでない事を証明してあげるから。」
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