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それは通学途中だった。
白菜が落ちてきた。
「ーうっ…」
私は凄まじい衝撃に思わず膝をついた。
…前が…見えない…
白菜は私の頭にすっぽりとハマり、抜けなくなってしまった。
「えりな、さ、白菜ハマってから、モテてない?」
「え?マジで言ってる?んなわけないじゃん。」
そうは返したものの、じっさい、ちょっと周囲の反応は変わった。
まずは母。
いっつも無関心だったのに、私の表情を窺うようになった。
「ー大丈夫?痛いの?」
「痛くない。」
「そう。外側の葉っぱ、しおれてきたけど…茶色いとこ、取ろうか?」
「いい。」
「そう…」
そして医者。
「困ったな…ちょっとめくるよ、このままじゃ見えないからね。」
「はい。」
めくった葉の隙間から目と目があったとき、医者が少しドギマギしているのがわかった。なんだろう、この、パンツめくられているような、背徳感?
父親。
「お前も、もう少し気を付けて道を歩かないからだ。」
「上から落ちてきたんだよ。」
「言い訳はいい。…どうするんだ?」
「私が聞きたい。」
「おい、お前がちゃんと見てないからだぞ!」
なぜか母との喧嘩は止めない…
先生。
「えー、板書、見えるかー?」
「…見えません。」
「鏡とか、持ってるだろ、いっつも昼休みに覗き込んでるやつ。あれ使ってみてー。」
授業中ずっと、合わせ鏡しろってか?
「ムリっぽいです。」
「じゃ、スマホ持ち込みして録画かぁー学校長と相談するわぁー、今日のところは、話だけ聞いとけぇー。そだ、隣のやつー、板書写したら見してやれー」
校長。
「教育委員会の指導で、授業中のスマホ録画は、難しいかと。クラスメイトのノートを、コピーしてもらってください。」
彼氏。
「ごめん、白菜の中でしゃべられると、声こもっててスマホで音聞きづらいんだわ。LINEして。」
通りすがりの人。
「えー、あれすごくない?」
「やばいやばい。」
「ちょっと撮る」
しばらくすると、私の通学風景とか、学校での様子がインスタとかTikTokに上がりまくっていた。
「見て見て見て、白菜!」
「あっ!ほんとだ!近所にいたんだ!」
「…病気?」
「かなー?」
「白菜取れたら、すごい美人だったりして?」
「かもねー」
もうしばらくすると、私は白菜を被ったすごい美少女ということになっていた。
「あ…白菜ちゃんじゃん。」
「お!撮っちゃお~」
「彼氏いるのかな?」
「いるっしょ。」
「学校知ってる?」
「知ってる。東高。」
さらにしばらくすると、私を狙ったパパラッチが現れた。
「え~、今日はですね、巷で話題の“白菜ちゃん”こと、木下えりなちゃんの家の前に来てます!」
…おい、勝手に人んちの前に来てカメラ廻すな。
私が周囲からの注目に慣れたころ、とつぜん、ガバッと白菜が頭からはずれた。根元が腐って割れたらしい。
「えりな、良かったじゃん。普通にもどって。ってか、お肌のツヤ、前よりいいよ。白菜って美肌効果あるんじゃん?」
「うん。」
私は窓辺にひそかに、割れた白菜の根元を植えている。少しづつ芽も伸びてきた。
1回目の白菜は、初めてでよく分からなかったけど、今度はもっとうまくやれる…と思う。
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