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幸兄ちゃんは「すぐに良くなるから心配するな」って言った。広くんも戸口で目が合うと「大丈夫だよ」って言った。
だけど、次の日もその次の日も、広くんはお部屋から出てこないで、ずっと寝てばかりいた。ご飯の時も幸兄ちゃんと2人だった。幸兄ちゃんが広くんの部屋に行くときは、そっと、ついて行ったけど「部屋に入っちゃダメ」って言われて、遠くから見るしか出来なかった。
しばらく、ギューってしてもらってないな……
「お母さんはね、少し入院するけど、大丈夫だよ。元気になるから、心配しないで」
でも、お母さんは全然元気にならなくて、たまに施設の人とお見舞いに行っても、ぼんやりと宙を見ていて、何度声をかけても何も返ってこなかった。
「お母さん!ねぇ、お母さん。ボクだよ勇だよ。ねえ!!」
たまにボクの方を見たけど、ボクが見えてないみたいだ。
スーッとお母さんが遠ざかって行く。
「待ってよ。お母さん!行かないで!!どこ?」
今度は、広くんがニコニコしながら立っている。
「広くん!!」
広くんのところに走って行こうとしても、なかなか追いつけない。
「待って。行かないで……広くん、待ってー!!」
ボクは大声で叫んでいた。
汗だくで目が覚めた。
「お母さん……広くん……」 ボロボロと涙が落ちる。
「うっ……うっうっ……広くん……」
「勇?!どうした!!」
ドアの前に幸兄ちゃんがいた。
「幸兄ちゃん……うっうっ……うわーん」
寝ようと寝室に入ると、勇が泣いていて、声をかけると余計号泣。
また、やっちゃったのかな……
そっと布団に手を忍ばせてみるが、濡れている様子はない。
「どうした?どっか痛いか?怖い夢見たのか?」
「うわーん!!」
何を聞いても泣くばかりで、何も答えない。
どうする……こういう時、父さんどうしてたっけ……?
オレは自分の方に勇を引き寄せて、抱きしめながら黙って何度も勇の体をさすった。
「うっ……うっ……う……」
「どうした?オレはここにいるよ」
「うっ……うっ……お母さん……広くん……いなくなっちゃう……」
「えっ?いなくなっちゃう?」
「うっ……えっく……うっ……うっ……ボクを置いてっちゃう……」
「大丈夫だよ。父さんは、勇を置いて行かないよ」
「うっ……うっ……広くんも……死んじゃう……うっうっ……うわーん」
「そっか。不安だったよな。でも、本当に大丈夫だから。父さんは死なないから。もう、熱も下がったし、明日にはまた一緒にご飯食べたり、テレビ見たり、一緒の部屋でも寝れるよ」
「ほっ……ほんと?」
「うん。だから、安心して寝よう。勇が眠るまでオレも一緒に隣で寝るから」
勇の落ち着いた寝息を聞いて、そっと布団から起き上がる。水を飲もうと部屋を出ると、隣の部屋から父さんが出てきた。
「勇の泣き声聞こえたけど、大丈夫だったか?すぐに落ち着いたみたいだし、幸に任せちゃったけど……」
「うん。今はもう落ち着いて眠ってる。なんか、広くんが死んじゃうってパニックになってた」
「えっ?」
「母さんのこととかぶったみたい。それで不安になってた」
「そうか……それは、かわいそうなことしちゃったな……」
「そうだよ。父さんが、コン詰めすぎて体調崩したせいなんだからな」
「すみません……」
「オレだって迎えに行ったり出来るんだから、1人でやろうとせず、いつでも頼ってよ」
「この3日間の様子見てて、気付かされたよ。頼りになる男に成長したなぁ……って」
「………きっ、気づくの遅いし!」
「悪かったな。これからも頼りにしてます」
翌朝、目が覚めるとすっかり体は軽くなっていて、カーテンから漏れ出す朝の日差しも気持ちいい。今日は祝日で、いつもよりゆっくりな朝だ。多分、幸司も勇もまだ寝ているだろう。久しぶりに3人で何を食べようかなと、キッチンに向かう。
キッチンで、サンドイッチとスープを作っていると、リビングのドアが開き、勇が立っていた。
「おはよう。勇」
声を掛けるが、勇は固まって動かない。勇に近づき、手招きして両手を広げると「うわー」と泣きながら駆け寄ってきた。勇の背中に手を回して抱きしめると、勇も僕の背中に腕を回してしがみついてきた。こんなことは初めてて、返すように力を込めて抱きしめる。
「ごめんね。いっぱい心配かけて、不安にさせたね。もう大丈夫だから。元気になったから」
大泣きする勇を抱きしめて、辛い思いをさせてしまったと、改めて気付かされる。こんなにしがみつくまで、不安にさせていたんだ。
「うっ……うっ……もう……大丈夫?」
「大丈夫。いっぱいギューも出来るし、お話も出来るし、ご飯も一緒に食べれるよ」
「うっ……うっ……」
「今日はお休みだし、勇のしたいこといっぱいしようね」
「うっ……うん」
ちょうど、リビングに入ってきたニヤニヤと笑う幸司と目があった。なんだか、全部お見通しって顔しちゃって……何だかもう敵わないな……だけど、父親としての最期の強がりとして、泣きそうになるのを必死で我慢した。
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