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憂鬱な季節
日が沈むのが早くなって、夕方はもう薄暗くて、寒い風がたくさん吹く、この季節はキライだ。思い出したくない嫌なことを、色々思い出しちゃうから。夢にお母さんが出てきて、寂しい気持ちになっちゃうから。
そして、あの嫌なクセが出てきちゃうから……。
リビングのドアをそーっと開けると、キッチンで広くんが朝の準備をしている。ボクがなかなか部屋に入れずにいると、広くんと目が合い気づかれてしまう。だけど、気づいてくれたことに安堵して、部屋に入る。
「おはよう、勇」
広くんが声をかけながら、近づいてくる。
「広くん……ご……ごめんなさい」
ボクのズボンは、色が変わってぐっしょり濡れていた。
「うん。大丈夫。シャワー入って着替えようか」
そう言うと、ボクをぎゅっと抱きしめて、頭を撫でる。
今日でもう1週間連続だ。また、この季節が来た。お母さんがそばにいなくなった季節。
お母さんが入院して、一緒に住めなくなったこの季節は、去年もその前もおねしょが続いた。この時期は、どう頑張ってもダメで、施設ではオムツを履かされた。オムツを履くと布団は汚さなくなったけど、自分が赤ちゃんになったみたいで、すごく嫌だった。
それに、おねしょとオムツで、同じ施設にいた子からバカにされて、いじめられた。この時期は、その時の嫌な気持ちも一緒に思い出してしまう。でも、こうも毎日続いたら、広くんからもオムツを渡されてしまうんじゃないかとビクビクしていた。
「はぁ…」
寒くなり、登校するのがしんどくなる。でも、このため息はそれだけでない……。
「幸司っ、おはよ。寒いねー」
「あー、おはよ……」
首にマフラーをグルグル巻いた幸也に、後ろから声をかけられる。
「あれ?なんか元気ない?具合悪い?」
「いや……」
相変わらず、鋭い幸也に目が泳いで逸らしてしまう。
「こうじっ」
顔を覗き込んで、見逃してはくれないようだ。
「いや……その……また……」
「ん?」
「だ、だからっ……その……今朝また……」
「あーそっか。寒くなって来たしねぇ……ぼくもこの時期、危ないことがある」
この間と同じで、少しパンツを濡らして飛び起きた。布団までは汚さないけど、去年はどんなに寒くても、こんなことはなかった。
「また、勇くん関係ある?」
「……勇はここ1週間くらい、毎日失敗してる……」
毎朝、そんな勇を見てると、やっぱり昔の自分を見てるみたいで、なんとも言えない気持ちになる。それに、最近よく幸也と会った頃の、よく失敗してた小学生だった頃の夢を見ていた。
「勇くん、調子悪いの?」
「うーん。日中失敗することはないみたいなんだけど……」
「精神的に何かあるのかな……でもまぁ、毎日そんな勇くんを見てる幸司もしんどそうだね……」
実際、勇のフォローしているのは父さんだし、オレは洗濯を手伝うことくらいしかしていない。でも、お尻と布団のぐっしょり濡れてる感触や、どうやって声をかけたらいいかわからない、追い込まれるような気持ちや、このままずっと続いたら…という不安や絶望など、手に取るようにわかった。
「あ、そうだ。じゃあ、今度は幸司がうちに泊まりにおいでよ。ちょっと勇くんと離れると、気も紛れるんじゃない?」
「でも……」
「ほら、今週末から3連休だし、休みの間はずっとうちにいていいよ。テストも近いし、テスト勉強ってことにしてさ」
突拍子もない提案のようにも思えたけど、でも少し勇と離れてみるにはいいかもしれない。こんな話は、幸也としかできないけど、話せる相手がいるだけで、かなり救われる気がする。今朝の重かった気持ちが、少し解けていくようだった。
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