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先程より穏やかに呼吸をする幸也を見てホッとする。
「とりあえず、落ち着いたし、もう大丈夫だよ」
「ありがとうございました」
点滴を操作しながら、篠田先生が微笑む。父さんと連絡が取れなくて、救急車を呼ぼうかとも思ったけど、小学校の時の学校医である篠田先生のことを思い出して電話をかけると、先生にはすぐに繋がって、点滴を持って来てくれた。
「幸司も、俺が来るまでに言った通りに応急処置しておいてくれて、助かったよ」
オレは、電話で先生に言われたように脇の下や鼠蹊部を冷やしただけだ。
「それとスポーツドリンクより、こっちの経口補水液のほうがいいから、目覚めたら飲ませてあげて。あと、明日も熱が下がらなかったら必ず病院に行くこと。今日の様子とか軽く手紙にしておいたから、病院に行ったら渡して」
「うん……やっぱり今日、強引に病院に連れて行けば良かった」
「そんな顔するな。ユキが駄々こねたんだろ。コウが一緒にいてくれてコイツは命拾いしたな」
それから、点滴が終わるまで先生はいてくれたけど、9時を回ったところで「大丈夫そうだな」と帰って行った。
先生は大丈夫って言っていたけど、やっぱり心配で何度も幸也の部屋を覗き、穏やかな寝息をたてているのを確認してホッとした。
目が覚めると、部屋は常夜灯の明かりがついていた。時計を見ると12時を回っている。まだ、頭はボーッとしていて帰ってきてからの記憶が曖昧だった。
確か、幸司が泊まり込むって言っていたっけ……あ……トイレ……
身体を起こすと、腹圧がかかった為か急激な尿意に襲われる。
やばっ……
急いでトイレに行こうと、勢いよく立ち上がると、目の前が真っ白になってフラついてしゃがみ込む。
じゅわ〜
「あ、やばっ」
ん?あれっ?
咄嗟に前を抑えて違和感に気づく。
その時、部屋のドアが開いて、幸司の声が飛んできた。
「幸也っ。どうしたっ?」
「トイレ行こうと思って……ふらついて……」
「立てるか?」
「……っん」
「あの、えっと、今パッドつけてるから……」
前を必死に抑えている姿に、今の状態が気づかれたようだ。そしてやっぱり、あの違和感はそうか……幸司の言わんとしていることもわかって、大きく首を振る。
「ごめん……じゃあ、トイレまで支えるから、急いいで行こう」
「んっ……うん」
トイレで残りを出し切ると、急に現実味が出てくる。パッドのおかげで、パジャマを濡らすことはなかったけど、パッドにはぐっしょり染み込んでいた。それに、寝た時とパジャマが変わっていることにも気づき、寝ながらやっちゃってパッドをつけられたのだろうかと情けなくて、泣けてくる……
「幸也?」
トイレのドアをノックする音と名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ちょっとだけ、開けるよ。余計なお世話かもしれないけど、気休めだと思って……」
幸司はドアの隙間から、腕だけを伸ばして、その手にはパッドがあった。今も漏れてしまったのがバレていることに、恥ずかしくなるが、今使っているものは、汚れしまっているし、何もつけないのも不安で受け取る。
トイレを出ると、幸司が待っていた。だけど情けなくて、目を合わせることができない。
「調子はどう?」
「ん。大丈夫……」
心配してくれている幸司に対して、ぶっきら棒になってしまう。そんな自分も嫌で、また自己嫌悪に陥る。幸司に経口補水液を渡されるが、また失敗するのが怖くて一口飲んですぐに机の上に置く。
「幸也、もう少し飲んで。また熱が上がるよ」
「……もう大丈夫だよ」
「幸也!」
「もう失敗するのは嫌なんだよ。ボク寝てる時にもやちゃったんだろ。だから幸司がパッドつけてくれてたんだろ。もう情けない姿を見られたくないいだよ……」
「えっ?幸也なんか勘違いしてない?着替えさせたのは熱でかなり汗かいてたからで……それに、そのパッド着けたのは篠田先生だよ」
「篠田先生?」
「うん。覚えてない?幸也、すごい熱で、点滴持って篠田先生が来てくれたんだよ」
「あー、なんか篠田先生がいたような……」
「幸也、お前かなり、熱が高かったし……それに篠田先生がユキは、膀胱が小さいから一応念の為だって。医者のオレがやるから医療処置だって言ってた」
「そっか……」
俯くぼくの額に幸司の手が乗り、顔を持ち上げる。
「よかった。たいぶ熱、下がったな。なぁ幸也、オレは幸也のことを情けないとは思ってないよ。それにオレだって幸也に情けない姿ずっと見せてきてるだろ。オレもお前が苦しんでいるのを見たくないよ」
「……ごめん」
そう言うと、先程机に置いた経口補水液を照れ臭かったこともあり、勢いよく口に含んだ。
ゲホゲホゲホ……
「あー、もう、ゆっくり飲めよ」
背中をさする幸司と目が合って、お互いに笑い合う。
次の日、微熱まで熱が下がったけど「まだ熱があるから」と幸司に病院に連れて行かれ、そこはもう素直に従った。
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