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冬来りなば、春は絶対来るんだぜ
しばらくうつむいていた渡が、ガタリと音を立てて立ちあがる。
「……帰る。課題の未提出分、これでチャラだよな」
「待て待て。今日の出題分、次回やってこれんのか?」
「……」
「部活やってったら、締め切り延長してやる」
「……だから、部員じゃねぇ」
締め切り延長の提案が功を奏したのか、文句を言いつつ、渡が座り直した。
「時間もないし、ざっとな。このスプレッドは”ギリシャ十字”っていうんだ。ふむふむ。お前のせいじゃないことで、お前が責められてるってのが現状かな。壊れてしまったものは、お前のせいじゃない」
裏声が限界で地声で伝えれば、学生服を着た肩がビクリと震える。
「そこから、もう解放されていい。そうしたら」
十字の真ん中。
逆さまになった死神のカードを手に取って、渡の目の前に掲げた。
「再生される」
「何がだよっ」
バン!と机を乱暴に叩いた、その拳が細かく震えている。
「再生なんかするかよ!だって、……くそっ」
(まだ、だめか。そりゃそうか。まだ信頼なんかないよな)
「死神の逆位置は再生、または再出発」
カードを机に置いて、渡の拳に手を添えた。
「お前が抱えたその”崩壊”は、お前のせいじゃないってカードは告げている」
「愚者」のカードを、顔を伏せた渡の目の前まで移動させる。
「対策として出たカードは、愚者の正位置。意味は”自由”。解放されていいんだ。お前のせいじゃない。お前に責任はないんだ」
「……ふ、くっ」
湿った吐息を無理やり飲み込んだ渡が、乱暴に俺の手を払って立ち上がった。
「……帰ります」
「そっか。気をつけてな」
顔をうつむけたまま、それでも一礼してパーティションを出ていく渡は、本来とても律儀な生徒なんだろう。
「……また、来てくれるといいんだがなぁ」
このつぶやきを、神は拾ってくれたらしい。
あのドンピシャなカードが出た時点で、どうも彼は神に愛されてるんじゃと思ったけれど。
イカサマなんて一切していない。
ホントだぞ?
◇
「迷える渡り鳥、よく来ました」
「センパイ、その呼び方、やめてもらえませんかね」
「えー、だって、渡くんだし」
あれから。
「部員が少なくて廃部になりそう」と泣きまねをしたら、嫌そうな顔をしながら入部してくれた渡は、チョロいくらいに優しい。
来るのは半々くらいだし、家でできない課題をPCルームの隅でやって、帰ってしまうときもあるけれど。
「今日は俺、なんで呼ばれたの?課題は出したじゃん」
「連続三回さぼったペナルティ分。さて、子羊。ワタクシに伝えることがあるでしょう」
「裏声ヤメロ。……住所変更のこと?」
「少し遠いと思ったもので。で、あの住所って」
パーティション内に、しばらくカードを混ぜる音だけが響く。
「……ばあちゃんち」
「オヤジさんも?」
「まさか。母方のばあちゃんだし」
「オフクロさんは?」
「一緒。姉ちゃんの位牌も持ってく」
「そうですか。……子羊、聞きたいことがあるでしょう?」
「……この決断は間違ってない、よね」
顔を上げると、渡の目が不安そうに揺れている。
「占ってみましょう」
三つ山に分けたタロットをひとつにまとめて、一番上のカードを引かせた。
「恋人?え、そんなん、俺いらないけど」
「ぶふっ」
吹き出した俺をにらむ渡にほっこりする。
いつの間にか、こんなにも感情を見せてくれるようになったんだって。
「恋人の正位置は”正しい選択、成功”」
「……そっか」
気の抜けた様子でイスにもたれかかって、渡は天井を仰いだ。
「……ばあちゃんが、一度、家族をやめてみればいいって、言ってくれたんだ。姉ちゃんが何を思ってたか、悩んでたかなんか、わからない。なのに、それをぐずぐずオヤジが」
ふっと口をつぐんで、渡は大きく深呼吸をする。
「……誰のせいでもないって、せんせー、言ってくれたもんな」
「フーミヤさまとお呼びなさい」
「ウザイ」
「ウルサイ」
ちょっとだけ笑顔になった渡が立ち上がる。
「だからさ、課題とかもう、家でできるんだけど……。俺、またここに来てもいい?」
「部員なんだから、来なかったら課題マシマシ」
「げぇ、理不尽」
文句を言いつつ、軽やかな足取りで渡が帰っていった。
――何の兆候もなく、突然、姉が命を絶った――
そう渡がポツリと口にしたのは、何回目の「部活」だったか。
遺された家族は途方に暮れ、特に可愛がっていた父親が荒れたらしい。
「お前が死ねばよかったのに」という、親として許されない言葉を息子にぶつけるくらい、錯乱した時期もあったと聞いたときには、切り裂かれるように胸が痛かった。
同じ子供として守られるべきなのに。
八つ当たりのサンドバッグにされた、渡の理不尽を思えば。
その甘えた父親を殴ってやりたかったけれど、それで渡が救われるわけじゃない。
だから。
「よく来ましたね、子羊。さあ、今日は何を占いましょうか」
ノラ猫のようだった子羊は、ぽつりぽつりと、未来の希望を語りだすようになった。
「カードは可能性でしかない。でも」
俺はいつでも、お前の味方だからな。
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