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 そもそも演技なんてしたくなかったし嶺二はダンスが出来ればそれでよかったけれど、遼がめずらしく強気で引かないものだから渋々出演することになった。 「もっともっと多くの人に君を見つけてもらうために話題性のある作品に出演することはとても価値があることなんだよ…!」  最初に話を聞いたとき、出るわけねーよと振った嶺二の手を捕み、必死の形相で遼は言った。 「ただ新曲を出して音楽番組に出るだけじゃ足りないんだよ!もっと君を見つけて貰わなきゃ、もっともっと…!」  綺麗な顔に2つ、ドロドロとした渦巻いたような遼の大きく黒い瞳を見ているとなんだか得体の知れない恐怖を感じて気付いたら承諾していた。 「…これでもっと、君が一等星(神様)に近づくね」  ふわりと花が咲くように笑った遼の顔からは想像ができないくらいの強さで、俺の手は握られていた。  『足立と桜田』は、不良として恐れられる桜田秀英と、吃音症でいじめられたトラウマがあり人と上手く接することが出来ない足立舞がひょんなことから惹かれ合い、互いの孤独を埋め成長していくというラブストーリーだ。 「わ、わ わわた…し、は」 「うん」 「ひひひ ひとと、じ、じょう、ずに、はな、はなせな…け、ど」 「うん」  手を握って、急かすことなく頷く。麻耶がはっ、と詰まった息を吐くように呼吸するのを聞いて、太陽らのダンス集団にいる吃音症をもつ颯を思い出した。  颯も、嶺二が相槌と表情でゆっくりでいいよ、待ってるよ、という意思表示をするとほっと落ち着いたような呼吸をひとつこぼしていた。  やっぱりこの女、演技にかける努力が並大抵じゃないんだな。  目の前の本庄麻耶は、いつものような彼女の自信に満ちた様子は一切感じられず、全体的に小さく感じる。  ホームレス役をするときには浮浪者とともに路上生活をして警察沙汰になっていたり、拒食症の役をするときにはドクターストップがかかるほど体型を変えるなど、度々ニュースにあがってはそれをみて感心していた。
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