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「さ、さくらだ くんとはなすのは…すきなの」
ふわりと目の端に涙を溜めながら花が開いたように笑う麻耶に思わずドキリとした。
「…俺もだよ」
「…はいカットー!」
カチンコの音が響いた瞬間夢から覚めたように意識が現実に戻ってくる。麻耶はさっきのドキリとした雰囲気はさっぱりと消え、いつもの強気で凛とした顔つきに戻っていた。
「レイ君さー、足立舞みたいな女の子がすきなの?」
「はあ?」
メイクさんにパタパタと細かいメイク直しをされながら麻耶が聞いてきた言葉に眉を顰める。
「だってさっきドキってしてたでしょ。わたしわかるのよねー」
笑みもせず淡々と話す女って怖えー…。
「…してねーよ。ちげーし」
「ふーん?」
こちらをチラリともみない麻耶の態度が気に食わなくて、周りに人の目がないことを確認して指先に触れる。
「俺は麻耶ちゃんみたいな努力家で芯のある子の方が好きだよ」
触れた指を口元まで持ってきて軽く口づけると、麻耶はふっと笑って手を払った。
「リップサービスは程々にね」
妖艶な笑みを残して去っていく麻耶の、顔合わせ時には艶やかだった艶髪は、一年前の撮影の頃と同じく少しその光沢を失っていた。自己投資に余念のない彼女が髪の手入れに手を抜くわけがなく、それはつまり演技のためだ。本庄舞は内気で化粧気もない地味な女の子だから、丁寧に金と時間をかけられて出来る麻耶の元の髪では不自然だ。
すごいと思う。俺の演じる桜田秀英は生まれつき色素の薄い茶髪と金髪の間のような色をしているが、それは偶然にも俺も生まれつきなもので普段となにも変わらない。ただやはり手入れはしているしこの先奇抜な髪型を求められたとしても他の仕事のことを考えればNOと言わざるを得ない。
でも麻耶ならやるだろう。例えば彼女が長年手入れしてきた美しい髪を全て失くす坊主でも。女優界きっての気狂いだと揶揄されることもあるが、その努力と情熱は讃えられて然るべきだ。
「俺も頑張ろっと」
初めはやる気ゼロだった演技もやってみると楽しい。麻耶のような飛び抜けた情熱をもつ人間が一人いるだけで、現場の雰囲気は引き締まるし周りもやる気が引き上げられる。
スタジオで入念に位置や写りの確認をする麻耶をみて、なんだか無性に欲しいと思ってしまった。
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