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『足立と桜田』の撮影が終わって5ヶ月が過ぎた。木の葉は殆どが紅く染まりきっていて、夕日と同化していく。通り抜ける風は夏の残り香を纏いつつもひんやりとし始めた10月初旬。嶺二のデビュー3周年記念ライブが目前に迫っていた。  麻耶との関係は切れていないようだけど、ここ数ヶ月はスケジュールもがっちり組んでいるため最近は会っている様子もない。  車のハンドルにもたれた両腕に顎を乗せてぼんやりと外の景色を眺めていると、がちゃ、と後部座席のドアが開いた。 「お疲れ様」 「んー」  乗り込むなり頭を背もたれに預けて目を瞑る嶺二は疲労感を纏っている。ゆっくりと車を発進させた遼は、そんな嶺二をバックミラー越しに眺めながら少し後悔していた。  麻耶と嶺二を離すためにまずは物理的に距離を取らせる必要があると考えた遼は、とりあえずあるだけ仕事を詰め込んでみた。とはいっても、これまで嶺二の気分でいくつも断っていたタレント業を受けているだけで、急激にオファーが増えたわけでなく本来の仕事量なのだが。  それでも、ここまで疲労の蓄積した嶺二を見るとなんだか申し訳ない気持ちになった。ライブも目前に控えているのに、嶺二の体調を考慮できていなかった自分はマネージャー失格なのではないか。  次の収録現場である六本木までは15分ほどで到着してしまう。少し迷って、遼は遠回りすべく本来曲がるべき道を直進した。迅から貰ったこのBMWに価値を感じたことはなかったけれど、外の喧騒を断絶した静けさと柔らかい座席が少しでも嶺二を癒してくれることを祈った。  収録を終え、テレビ局を出る頃には夜も更けていた。駐車場へ向かいながらふぁ、と大きなあくびをする嶺二の後ろを歩く遼は、通り抜ける風の匂いが最近までとは変わったことに気がついた。 「あ、冬の匂い」  遼の呟きに、嶺二は振り返って首を傾げた。まだ早いだろうと言いたげな顔だ。 「四季の変わり目って次の季節の匂いがしない?」 「季節の匂い〜〜?」  胡散臭そうな顔をしながら、嶺二はすんすんと鼻を鳴らすが、理解できないというような顔をする。 「わかんねー」 「じゃあ、今の匂い覚えてて。春がきたらまた言うね」 「絶対無理だろ」  遼の無茶振りに突っ込んでくれる嶺二にニコニコと笑みを向ける。つられてふ、と笑った嶺二の笑みがいつもより弱くて罪悪感がまた顔を出す。 「明日からライブに向けての調整期間で他に仕事入れてないから、1日くらい休み入れようか」 「…?なんで?」 「最近仕事詰め過ぎたから疲れてるよね、ごめんね」  思わず立ち止まって俯く遼の視界に、嶺二の靴が映る。 「全然だし、手ー抜きたくないから休みもいらない」 「でも、」 「はる」  頬に触れ、遮って呼ばれた名前に弾かれたように顔を上げると、嶺二はその美しい桜色の唇で月の形を作る。 「完璧な俺が、一番好きだろ?」  ……あぁ、なんてかっこいいんだろう。目の前で妖艶に微笑むこの男の声も顔も体も、形作る全てが美しくて蠱惑的で。 「うん」  遼の返事に満足そうな顔をする嶺二を、なんだか無性に抱きしめたくなった。
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