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お互いに連絡先は交換しないまま、バイト先で顔を合わして挨拶をしたり、たまに休日の啓司のバイト帰りにあの公園の裏庭で話したりしていた。
少しずつ啓司も笑ってくれるようになり、昔みたいまでにはいかなくても、普通に話す程度になってきている。
「いらっしゃいませ。レジ袋はご利用ですか?」
「大丈夫」
「かしこまりました。ポイントカードなどはお持ちですか?」
「いえ、大丈夫」
「失礼しました。では、1020円になります」
「はい」
「あっ、すみませんが、こちらの画面にタッチして頂き、精算をお願いいたします」
「あー、はいはい」
セルフレジへと変わっていく中で、それをあまり良く思っていないお客様もいる。目の前の方も、明らかに面倒臭そうにしていることには気づいていた。何とか、何事もないように事が終わればいいと願っていた。
「ったく……面倒くせえ……」
「ありがとうございました」
小さく聞こえてきた声に、聞こえなかったフリをして挨拶をすると、買ったものを手に持ち歩き出した。
すると、その手から商品が落ちたのが目に入る。光瑠は慌ててレジカウンターから出て、商品を拾いに行こうとした。
「っとに、面倒だな」
「お客様、こちらをどうぞ」
「何でこんな面倒なんだよ」
「それは……」
「袋もない。レジもセルフ。面倒しかない」
「あの……」
「商品置きっぱなしでレジもして、効率がいいのか悪いのかわかんないだろ? 後ろに人いたら焦って余計にうまく行かないし」
差し出した商品を引ったくると、ざんざん溜まっていただろう不満がぶつけられてきた。
光瑠は、どうしていいかわからずに立ち尽くしてしまう。
「お客様、大変失礼ですが、他のお客様もいらっしゃいますので。気をつけてお帰りください」
「ちっ……」
すかさず助けに入ってくれた啓司に、ホッと胸を撫で下ろす。
そのお客さんは、大きく舌打ちをすると、そのまま店を出て行った。
「おい、大丈夫か?」
「まあ、何とか……。ゴメン、まだ仕事じゃないのに」
「そんなこと気にしなくていい。本当に大丈夫なんだな?」
「平気だってばっ」
啓司が伸ばして来た手が光瑠の腕を掴んで、慌ててその腕を引っ込める。
バレただろうか? 震えていること……。
本当はすごく怖かった。何かされるんじゃないかって怖くてどうしようもなかった。
「何もなくて良かった。気をつけろよ」
「うん。助けてくれてありがとう」
「ああ」
それからは、光瑠が終わる時間までレジカウンターの後ろで待機してくれていた。
もう大丈夫だと言っても、「別にお前のためじゃないし」なんて仏頂面で答えながら、それが間違いなく自分のためだとわかるから、何かくすぐったい。
「じゃあ、時間だから」
「ああ、お疲れ」
「お疲れ様」
あの頃と変わらない優しさがそこにある。危なっかしい光瑠を後ろで見守る姿がそこにある。いつも隣にいてくれた。すぐに手を握り締めてくれた。大好きな大好きな啓司がそこにいる。それだけで光瑠は嬉しかった。
執筆時間…6月27日、7:25〜7:50、17:30〜17:55
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