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どんどんと気持ちが大きくなっていくのを感じていた。あの頃の可愛らしい好きではなく、大学生ともなれば嫉妬心も触れたくて堪らないくらいの燻った感情が溢れて来る。
最近入ってきた女子大生が、どうも啓司を狙っているようで、距離が異様に近い。光瑠は、その度に心臓が思いっきり掴まれて潰されそうな痛みに襲われる。
自分が踏み込めない一定の距離を、彼女は嘘みたいにすいっと入り込んでいく。やっぱりお互いに男同士というところが自分にブレーキを掛けているのは間違いないだろう。自分が女だったら……もっと積極的に距離を縮められるんだろうか? そんなことを考えたってどうにもならないってことは、自分が一番よく分かっているのに……。
「今井さんって、大学生ですか?」
「違うよ」
「じゃあ、お仕事してるとか?」
「まあ……昼間に少しね」
「へえ、私は専門学生なんですけど、お小遣いだけじゃカツカツで……。そうだ、今度一緒に出かけません?」
「ほらっ、喋ってないで手を動かす」
「はーい」
彼女は光瑠が聞けないでいることを簡単に聞いてしまう。そして、昼間に仕事をしていることを初めて知った。何となく、触れてはいけない気がして聞けずにいた。本当は、たくさん聞きたいことがある。だけど聞いてしまったら目の前からまた啓司がいなくなってしまいそうな気がして……。
それに、さらりとデートに誘えちゃうのも凄過ぎる。本当は俺だってバイト帰りなんかじゃなく、休みの日にブラブラ街を歩いたり、流行りの映画を観たり、美味しいスイーツを食べに行ったり、二人で色んなことをしたいって思っているのに、誘う勇気がない。
「神崎さん、山中くん、二人ともそろそろ上がっていいよ」
「あっ、はい」
「はーい。じゃあ今井さん、もう終わりなんで、また」
「はい、お疲れ」
いちいち啓司の腕に軽くタッチしてから、神崎さんはこちらに向かって歩いて来る。
さすがに同じタイミングでロッカー行くのは不味いと思うから、少し時間を潰そうと店の中をぐるっと回って、帰りに飲むカフェオレを手に取ってレジへと向かおうとすると、振り返った先に棚の商品を綺麗に並べている啓司の姿を見つけた。
「お疲れ」
「あっ、うん」
「どうかした?」
「べ、別に……」
光瑠に気づいた啓司が声をかけてくれたのに、神崎さんのことでヤキモキしているせいか、上手く言葉が出て来なくて素っ気ない態度になってしまう。
「何か機嫌悪い?」
「別に、そんなことないけど……」
「もしかして、神崎さんのことで怒ってる?」
「な、何で俺が……」
「だって、それ以外考えらんないし」
「ふざけんな。もう帰る」
居ても立っても居られなくて、それだけ告げると持っていたカフェオレをレジへと持っていき、精算してスタッフルームへと向かった。
何なの、あれじゃまるで俺が啓司のこと好きだってバレてるみたいじゃないか!
図星すぎて逆に逃げるしかなかった。
「くそっ」
「こわっ。山中さんでも、そんな言葉遣いするんだ」
「うわっ、神崎さん。ゴメン……」
「もう着替え終わってるんで平気です。ただ、一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「山中さんって、今井さんと仲良いんですか?」
「どうして?」
覗き込むように問いかけられ、思わず後退る。別に仲良いほどバイト中に話したりしているわけでもないし、時間が被っているわけでもない。どういう経緯でそんなことを問いかけられたんだろう?
「何となくですけどね、そう思ったんで」
「何となく……ね」
「私、今井さんのこと狙ってるんで、そこんとこ分かっててもらえればと……。じゃあ、お疲れ様でした」
「お、お疲れ」
まるで宣戦布告されたみたいだ。部屋から出て行った神崎さんを見送ると、思わずしゃがみ込む。
心臓が痛い……。
あんなに堂々と好きって言えるのが羨ましくて、何かすごい眩しくて、悔しかった。
執筆時間…6月28日、7:20〜7:50、17:35〜18:00
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